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東京地方裁判所 昭和53年(ウ)1677号 判決 1983年2月24日

昭和五〇年(ワ)第二七五〇号事件原告(別紙選定者目録(一)選定当事者) 犬丸義和

昭和五〇年(ワ)第六一八三号事件原告(別紙選定者目録(二)選定当事者) 鹿倉邦夫

<ほか一名>

昭和五三年(ワ)第一六七七号事件原告(別紙選定者目録(三)選定当事者) 大星祐子

<ほか一名>

乙事件原告(別紙選定者目録(四)選定当事者) 斉藤孝雄

右六名訴訟代理人弁護士 船尾徹

右同 川上耕

右同 大川隆司

右同 坂井興一

右同 宮川泰彦

右同 塚原英治

右同 山本政明

右同 市来八郎

右同 亀井時子

甲事件被告 ソニー株式会社

右代表者代表取締役 大賀典雄

乙事件被告 ソニーマグネプロダクツ株式会社 (旧商号ソニー仙台株式会社)

右代表者代表取締役 吉田進

右両名訴訟代理人弁護士 馬場東作

右同 福井忠孝

右同 高津幸一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  甲事件について

(一) 主位的請求

(1) 別紙選定者目録(一)ないし(三)記載の選定者らが、甲事件被告ソニー株式会社(以下「被告ソニー」という。)に対し、就業規則第二九条、第三七条、賃金規則第一八条第一項にいう褒賞休暇を、賃金規則第一八条第四項但書(昭和四九年一一月改正後のもの)にかかわらず、右改正日以降においても制限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することのできる地位を有することを確認する。

(2) 訴訟費用は被告ソニーの負担とする。

(二) 予備的請求

(1) 別紙選定者目録(一)ないし(三)記載の選定者らが、被告ソニーに対し、昭和四九年一一月一〇日(ただし、別紙選定者目録(一)の231ないし235、245、246、別紙選定者目録(三)の21の各選定者については同月四日)当時保有していた就業規則第二九条、第三七条、賃金規則第一八条第一項にいう褒賞休暇(同日より昭和五〇年三月一五日までの間に使用又は精算したものを除く。)を、賃金規則第一八条第四項但書(昭和四九年一一月改正後のもの)にかかわらず、昭和五〇年三月一六日以降においても保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することを確認する。

(2) 訴訟費用は被告ソニーの負担とする。

2  乙事件について

(一) 主位的請求

(1) 別紙選定者目録(四)記載の選定者らが乙事件被告ソニーマグネプロダクツ株式会社(以下「被告ソニーマグネプロダクツ」という。)に対し、就業規則第三〇条、第三七条、給与規則第二〇条第一項にいう褒賞休暇を給与規則第二〇条第四項但書(昭和五〇年一月二一日改正後のもの)にかかわらず、右改正日以降においても制限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することを確認する。

(2) 訴訟費用は被告ソニーマグネプロダクツの負担とする。

(二) 予備的請求

(1) 別紙選定者目録(四)記載の選定者らが被告ソニーマグネプロダクツに対し、昭和五〇年一月二〇日当時保有していた就業規則第三〇条、第三七条、給与規則第二〇条第一項にいう褒賞休暇(同月二一日より昭和五〇年三月一五日までの間に使用又は精算したものを除く。)を給与規則第二〇条第四項但書(同年一月二一日改正後のもの)にかかわらず、同年三月一五日以降においても保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することを確認する。

(2) 訴訟費用は被告ソニーマグネプロダクツの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告ソニーは、肩書地に本社を、品川、羽田、大崎、芝浦及び厚木に工場を有し、カラー及び白黒テレビジョンセット、テープレコーダー、トランジスタラジオ等の電機通信機器の製造、販売を業とする株式会社である。被告ソニーマグネプロダクツは、肩書地に本社及び工場を有し、主に磁気テープフエライト等の電気通信機器関係製品及び医療、光学機器等の製造、販売を業とする株式会社である。同社は、昭和四六年五月に被告ソニーの仙台工場が分離独立してできた会社であり、賃金をはじめとする労働条件は、ほとんど被告ソニーと同一である。

(二) 別紙選定者目録(一)ないし(三)記載の選定者らは被告ソニーの従業員であり、このうち、別紙選定者目録(一)の231ないし235、245、246、別紙選定者目録(三)の21の各選定者らは厚木工場に勤務している。別紙選定者目録(四)記載の選定者らは、被告ソニーマグネプロダクツの従業員である。

2  別紙選定者目録(一)ないし(四)記載の選定者ら(以下「選定者ら」という。)の有する地位

(一) 褒賞制度の存在

(1) 被告ソニーの就業規則及び賃金規則は褒賞金及び褒賞休暇について次のとおり定めている。

就業規則第三七条(褒賞金)

従業員が継続三ヵ月間又は一ヵ年間精勤し、遅刻、早退、私用外出等の勤怠事故が無かった場合、会社は従業員に対して褒賞金を支給する。但し褒賞休暇を申し出た範囲内の分についてはこの限りでない。

就業規則第二九条(褒賞休暇)

就業規則第三七条(褒賞金)による褒賞金の支給を受けないで、これを休暇として保留する旨願い出た者に対して、その範囲内で特別休暇(以下褒賞休暇という)を与える。

賃金規則第一八条(褒賞金)第一項

従業員が、三ヵ月間又は一ヵ年間精勤し、勤怠の事故が無かった場合(以下精勤という)には、会社は、それぞれ下記の日数に相当する褒賞を行ない、その範囲内で希望する日数の褒賞休暇又は褒賞金を支給する。褒賞が発生した場合会社は本人にその旨通知する。

三ヵ月間精勤  3日

一ヵ年間精勤  7日

但し、褒賞金の場合の一日分は

とする。

(2) 被告ソニーマグネプロダクツの就業規則第三七条には、被告ソニーの就業規則第三七条と同じ規定が、被告ソニーマグネプロダクツの就業規則三〇条には、被告ソニーの就業規則第二九条と同じ規定が、被告ソニーマグネプロダクツの給与規則第二〇条第一項には、被告ソニーの賃金規則第一八条第一項と同じ規定がそれぞれ存する。

(3) 以上のとおり、被告ソニー及び被告ソニーマグネプロダクツ(以下、両社をあわせて「被告ら会社」という。)には、従業員に三ヵ月間勤怠事故が無かった時には三日、一ヵ年間勤怠事故が無かった時には七日それぞれ褒賞が生じ、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することのできる制度(以下これを「褒賞制度」という。)が存する。

(二) 褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位

選定者らは、右(一)記載の各規則により発生した褒賞を上限なく保有し、右各規則の定めに従いこれを休暇として使用し又は褒賞金として精算していた。選定者らが褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を有することは、既に確立した労使慣行であり、また次のとおり明示の意思表示又は慣行を通した黙示の合意により労働契約の内容となっていた。

(1) 明示の意思表示

(ⅰ) 一般に労働条件は、労働契約締結にあたってなされる労使の合意に取り入れられることによって労働契約の内容となる。したがって、ある労働条件が労働契約の内容となっているか否かについての判断にあたっては、労働契約締結の際あるいは労働契約締結直後における書面又は口頭による取り決めが重要となる。この書面又は口頭による取り決めは、使用者と個々の労働者との個別の合意という形式をとって行われる場合もあるが、現代の大企業では、入社してきた多くの労働者を一堂に集めて会社が就業規則等を説明し、労働者はこれを了承して就労を開始するという形式をとって行われることが多い。

(ⅱ) 被告ら会社では、毎年労働者が入社してくると入社式を行い、その後、会社関係者が就業規則その他必要な事項の説明を行う。その際、褒賞制度について、褒賞の発生(支給)の要件や発生日数のみならず、発生(取得)した褒賞の保有の仕方についても説明が行われていた。その説明は「使わなければ保有できる。」「何日でも貯めておくことができる。」「売らないで保留した休暇は日数に制限がなく無制限にいつまでもずっととっておけると、そこが普通の年次休暇が二年で消滅するのと違って大きな特徴になっております。」などといったものであった。また、新入社員教育の場においても、褒賞は退職するまで上限なく保有することができ、退職時の賃金で褒賞金が算出されるから、労働者に大変有利な制度である旨の説明が行われていた。主として労働者の労働条件について管理している人事課でも褒賞は上限なく保有することができる旨の説明が行われていた。

(ⅲ) 入社時における被告ら会社の右の説明により、労働者は、褒賞を上限なく保有することができ、保有することが大きな経済的利益になることを知り、大変な苦労をして褒賞を取得し保有してきた。

(ⅳ) 以上のようにして、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることは、明示の意思表示に基づき、労働契約の内容となっていた。

(2) 慣行を通した黙示の合意

(ⅰ) 被告ら会社の労働者は、少なくとも昭和三二年から昭和四八年まで一六年あまりの長期間にわたって褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算してきた。褒賞の褒賞金への換金にあたっての要件には変化があったが、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることは、一貫して変わりがなかった。

(ⅱ) 次の①ないし⑤を総合すれば、労使双方が、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金をして精算しうることを認識し容認しあっていたということができる。

① 被告ら会社は、前記(1)の(ⅱ)記載のとおり、入社式や新入社員教育における就業規則についての説明の際に、入社したばかりの労働者に対して、積極的に、取得した褒賞を上限なく保有しうることを認め、上限なく保有しうることが、労働者に多大の経済的利益をもたらし、きわめて有利であるとあえて説明していた。また、被告ら会社は、褒賞を保有者の意思を無視して強行精算したり、上限なく保有することに異議を述べたりしなかった。

② 被告ら会社の労働者は、前記(1)の(ⅲ)記載のとおり、被告ら会社の右の説明を信じ、上限なく保有しうる制度であることを認識したうえで、多数の褒賞を取得し保有してきた。

③ 被告ら会社には、労働者が住宅を購入するのに必要な資金を会社が低利で融資する住宅貸付金制度がある。被告ら会社は、この貸付けにあたっては、住宅貸付金審査シートにより、労働者の資金計画を審査し、一定額以上の自己資金のない労働者に対しては貸付けを行わなかった。右審査シートには、自己資金の内訳として現金、預金、有価証券、褒賞金等を記載するようになっていた。被告ら会社では、労働者が住宅を購入するに際しては、保有している多数の褒賞を現金化して資金とするよう指導しており、右審査シートの褒賞金の欄にはかなり多数の日数が記載されることが予定されていた。そして現に、平均で四五日、多い場合には一〇〇日という記載がなされていた。以上のとおり、被告ら会社は、住宅貸付金制度の運用において、褒賞を上限なく保有しうることを当然の前提としていた。

④ 被告ら会社は、これまで労働組合からの年次有給休暇の増加要求に対しては、上限なく保有することのできる褒賞制度によって年次有給休暇が少ないのをカバーすることができるとの理由で、退職金増額要求に対しては、上限なく保有することができるのであるから普通まじめに働いていれば一〇〇日あるいは二〇〇日以上も褒賞が貯り、これを退職金に加えれば他社よりもはるかによくなるとの理由で、出産休暇の設置要求に対しては、出産休暇を設置しなくても上限なく保有しうる褒賞を利用すれば十分カバーできるとの理由で、住宅貸付金の増額要求に対しては、上限なく保有しうる褒賞を貯めればかなり多額になり、その多額の褒賞金を住宅資金の一部に充当することができるとの理由で、それぞれ拒否してきた。以上の事実は、被告ら会社では、褒賞を上限なく保有しうることを当然の前提として各種の労働条件が形成されてきたことを意味している。

⑤ 被告ら会社では、昭和四八年一一月に定年延長が行われたが、その際労使間で締結された労働協約には、褒賞金について「五五歳到達時に於いて精算し、以後の褒賞金及び褒賞休暇は発生しないものとする。」と規定されている。この規定は、従来の定年年齢であった五五才到達時以降は、褒賞を発生させないことにするとともに、従来は、定年時まで褒賞を上限なく保有しうることを認めていたのを改め、定年時ではなく、五五才の時点で会社が褒賞を強行精算することができるようにしたものである。このことからすれば、右労働協約は褒賞を上限なく保有しうることを当然の前提としていたということができる。

(ⅲ) よって、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることは、労使間に確立した慣行を通した黙示の合意により労働契約の内容となっていた。

3  賃金規則(給与規則)の変更

(一) 被告ソニーは、昭和四九年一一月一一日(ただし、厚木工場については同月五日)に、賃金規則第一八条第四項を、被告ソニーマグネプロダクツは、昭和五〇年一月二一日に、給与規則第二一条第四項をそれぞれ新設した。この条項は「第一項において発生した褒賞は、褒賞休暇または褒賞金として保留することができる。但し、毎年三月一五日までに、年間発生日数を超える日数については、褒賞金として精算する。」というものであった(以下これらを総称して「本件規則変更」という。)。

(二) 被告ら会社は、本件規則変更により、選定者らには前記2記載の褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位は失われ、年間発生日数(一九日)を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算される旨主張している。

(三) 選定者らは、被告ら会社主張のように、本件規則変更により毎年三月一五日限り一九日を超える褒賞を褒賞金として精算されることになるとすると、それまで褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうるのに比べて次のような不利益を被ることとなる。

(1) 昇給により保有している褒賞金の額が増える利益の喪失

(ⅰ) 労働者は賃金以外に生活の糧を得る手段を有していない。被告ら会社に働く選定者らも毎月の賃金、年二回の一時金によってようやく生計をたてている。しかるに労働者は人間として長い人生を生きていくうえで、経済的に大きな出費を余儀なくされることがある。

労働者が結婚して世帯をもとうとすれば、家具を購入したり、ときには婚約指輪の一つも贈ることがある。

結婚をすれば子供が生まれる。出産に伴う費用は、ばく大なものとなる。

子供が生まれ、成長するにつれて、毎日の生活の場である生活空間が狭くなる。そこで多少とも余裕のある生活空間を求めて分譲住宅等を購入しようとする。しかし、昨今の住宅事情は、極めてひっ迫しているので、ばく大な住宅資金が必要となる。

また人間として文化的な生活を味わいたいと願うのも、これまた自然の要求である。それをときにはレジャーや旅行に求める場合もある。レジャーや旅行にもかなりの出資が必要となる。

更には、家族や身内に不幸があって葬式をするときもある。この場合にも大きな出資を余儀なくされる。

長い職場での生活の最後は退職となる。現在の日本の社会保障の水準では、退職した後、退職金や各種の年金のみで生活していける人はまれである。したがって、退職金や年金をカバーするための資金が必要となる。

労働者は、以上の結婚資金、出産費用、住宅資金、レジャー・旅行資金、葬式費用、老後の資金等にあてるために貯蓄をしておく。このことは、被告ら会社で働く選定者らとて例外ではなく、選定者らは、褒賞を上限なく保有できるという入社時の会社の約束を信じて、右の各資金の一部に充当すべく、取得した褒賞のかなり多数の日数を保有してきた。

(ⅱ) 褒賞金算定の基礎となる「理論月収」は、精算の時期における理論月収である。したがって、褒賞金の額は、褒賞の発生から精算までの間の昇給を包含している。褒賞を上限なく保有しうるときには、選定者らは、すべての褒賞について精算の時期を任意に選ぶことができるから、褒賞の発生時期から選定者らが任意に選んだ精算時期までの間の昇給分の利益を得ることができる。しかし、一九日を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算されることになると、一九日を超える褒賞は、毎年三月一五日の時点における理論月収で精算されることになるから、一九日を超える褒賞については、三月一六日以降昇給時前に取得したものにつき、一回だけ昇給による利益を得られるにすぎず、昇給時後に取得したものは、昇給による利益を得られない。

なお、昭和五〇年三月一五日以降も褒賞を上限なく保有しえた場合と同日から昭和五五年三月一五日までの間に毎年一九日を超える褒賞を強行精算された場合とを比較したとき、選定者らが現実にどの程度の損害を被っているかをみると、昭和五〇年度以降の昇給率は、昭和五〇年度が一三・八パーセント、昭和五一年度が一二・五パーセント、昭和五二年度が一一・二パーセント、昭和五三年度が七・三パーセント、昭和五四年度が八パーセント、昭和五五年度が九パーセントであったのであるから、多く褒賞を保有している者で六七万円弱、褒賞の保有が少ない者でも一二万円弱になる。

(ⅲ) 選定者らは、前記(ⅰ)記載のとおり、褒賞を種々の資金に充当するために保有してきたのであり、選定者らにとって褒賞はかけがえのないものであった。しかし、一九日を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算されることになると、選定者らは右(ⅱ)記載のとおりの不利益を被るのであり、その損害は甚大である。

(2) 褒賞休暇を上限なく保有しうる利益の喪失

(ⅰ) 労働者の日常生活には、健康をそこなって病気になることもある。それは身体の弱い者に限らず、すべての労働者に例外なくおこりうることである。病気になれば通院、入院による治療あるいは自宅療養によって健康の回復に努めなければならず、その間会社を休むことを余儀なくされる。

労働者は不慮の交通事故によって負傷することもあれば、日常の生活の中でのちょっとしたこと、例えばドアに小指をはさまれるとか、出勤の途中に駅の階段からころげ落ちるなどといったことで負傷することもある。その他、レクリエーションやスポーツ等で負傷をすることもある。負傷すれば、回復まで会社を休まなければならない。

婦人労働者の場合、出産時の産前産後休暇のみでは、十分な母性の保護(体力の確保)ができないとき、子供が病気のとき、子供の予防注射や定期健診のとき等、会社を休まざるをえないことがある。また、妊娠の際のつわりがひどく出勤途上に途中下車しなければならないために、遅刻せざるをえないときもあるし、その他妊娠障害のために会社を休まざるをえないときもある。また更に、子供を保育園に入れた場合、保育園で預ってくれる時刻と出勤時刻との関係で、どうしても遅刻せざるをえない場合もあれば、保育園での遠足、運動会等の行事に母親としての附添いを求められて会社を休まざるをえないときもある。

以上のように休まざるをえないときあるいは遅刻せざるをえないとき、選定者らは、保有している年次有給休暇をこれに当て、これらの休暇を使い果したときには、保有している褒賞を休暇として行使する。褒賞を休暇として行使すれば、「出勤扱い」になるから、毎月の賃金は一〇〇パーセント保証され、一時金や昇給の査定でマイナス査定を受けることもない。また、褒賞の取得(支給)の要件である「精勤」を充足することも可能になる。

(ⅱ) 褒賞を上限なく保有できれば、選定者らは、かなり多数の褒賞を保有することができる。それゆえ、右(ⅰ)記載のような原因で長期間の出勤不能の事態が生じても、その期間を「出勤扱い」とすることが可能である。しかし、一九日を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算されるようになると、一九日を超える日数については、「欠勤」とならざるをえず、選定者らは次のような大きな不利益を被る。

① 毎月の賃金が一定割合でカットされる。

② 一時金や昇給の査定にマイナスの影響がでる。

③ 褒賞の発生(支給)の要件である「精勤」を充足しなくなるために、褒賞の年間発生(取得)日数一九日のうち、少なくとも一〇日を取得することができなくなる。なお、一〇日は毎月の賃金の五割強に相当する。

④ 右③のとおり褒賞を取得することができなくなることは褒賞の保有日数が少ないことと相まって、新たに褒賞を取得することを困難にする。そして、このことは、いっそう新たな褒賞を取得することを困難にし、「悪循環」が生じる。

⑤ 健康にまだ不安が残されていても、「欠勤」となるのを避けるために、無理して出勤せざるをえなくなる。

(3) 取得した褒賞を休暇として行使するか褒賞金として精算するかについての選択の利益の喪失

褒賞を上限なく保有することができれば、選択者らは、取得した褒賞すべてについて、それを休暇として行使するか褒賞金として精算するかを選択することができる。選定者らはこのような選択権を有しているからこそ褒賞を換金することによって得られる経済的利益を基礎にした生活設計をたてたり、褒賞を休暇として保有して不測の事態に備えたりすることができる。ところが、一九日を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算されるようになると、選定者らは、一九日を超える褒賞については、右の選択権を失うことになり、不利益を被る。

4  結論

(一) 甲事件について

よって、同事件の原告らは、被告ソニーに対し、次のとおり請求する。

(1) 主位的に、別紙選定者目録(一)ないし(三)記載の選定者らが、就業規則第二九条、第三七条、賃金規則第一八条第一項にいう褒賞休暇を、賃金規則第一八条第四項但書(昭和四九年一一月改正後のもの)にかかわらず、右改正日以降においても上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することのできる地位を有することの確認を求める。

(2) 仮に、右請求が理由がないとしても、少なくとも、賃金規則改正前にすでに保有するに至った褒賞についての利益を賃金規則の改正により奪うことは許されないから、予備的に、別紙選定者目録(一)ないし(三)記載の選定者らが、昭和四九年一一月一〇日(ただし、別紙選定者目録(一)の231ないし235、245、246、別紙選定者目録(三)の21の各選定者については同月四日)当時保有していた就業規則第二九条、第三七条、賃金規則第一八条第一項にいう褒賞休暇(同日より昭和五〇年三月一五日までの間に使用又は精算したものを除く。)を、賃金規則第一八条第四項但書(昭和四九年一一月改正後のもの)にかかわらず、昭和五〇年三月一六日以降においても保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することの確認を求める。

(二) 乙事件について

乙事件の原告は、被告ソニーマグネプロダクツに対し、次のとおり請求する。

(1) 主位的に、別紙選定者目録(四)記載の選定者らが就業規則第三〇条、第三七条、給与規則第二〇条第一項にいう褒賞休暇を給与規則第二〇条第四項但書(昭和五〇年一月二一日改正後のもの)にかかわらず、右改正日以降においても上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することの確認を求める。

(2) 仮に、右請求が理由がないとしても、少なくとも、給与規則改正前にすでに保有するに至った褒賞についての利益を給与規則の改正により奪うことは許されないから、予備的に別紙選定者目録(四)記載の選定者らが昭和五〇年一月二〇日当時保有していた就業規則第三〇条、第三七条、給与規則第二〇条第一項にいう褒賞休暇(同月二一日より昭和五〇年三月一五日までの間に使用又は精算したものを除く。)を給与規則第二〇条第四項但書(同年一月二一日の改正後のもの)にかかわらず、同年三月一五日以降においても保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算することができる地位を有することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1、2の(一)の各事実は認める。同2の(二)は争う。同3の(一)及び(二)の事実は認める。同3の(三)は争う。

2  請求原因2の(二)についての反論

(一) 褒賞制度及び運用方法の沿革

(1) 褒賞制度の沿革

(ⅰ) 昭和二二年ころ

当時は食料難であったので、被告ら会社の前身である東京通信工業株式会社では、米雑穀や生鮮食料品等の買出しのための有給休暇を制定した。一か年間継続して無遅刻、無欠勤の場合には一〇日、三か月間継続して無遅刻、無欠勤の場合には三日、休暇が発生するという制度であった。これが褒賞制度の始まりである。

(ⅱ) 昭和二三年ころ

従業員からの要望にこたえて、余った休暇を一日について法定の超過勤務手当の八時間分の額で買い上げることとした。

(ⅲ) 昭和三一年

褒賞制度について現在の就業規則とほぼ同一の規定を労働協約に基づき制定した。ただし、褒賞金の場合の一日分は、「第二超過勤務手当相当額×8」であった。なお、当時の第二超過勤務手当の割増率は二五パーセントであった。

(ⅳ) 昭和四五年一〇月

超過勤務手当の割増率を三〇パーセントとするに際して、各労働組合と協議し合意を得た上で就業規則を変更し、褒賞金の一日分の算式を「理論月収×1.3/175×8」と改めた。

(ⅴ) 昭和四六年一月

年間所定労働時間を約三〇時間短縮するにあたり、就業規則を変更し、一か年間精勤した場合の褒賞の発生日数を一〇日から七日にした。この際、右変更について各労働組合と協議した。ソニー労働組合とは合意に達しなかったが、他の労働組合とは合意に達し、この合意に基づき変更した。

(2) 褒賞の保留、換金等に関する運用方法の沿革

(ⅰ) 昭和三〇年代半ばまで

保留した褒賞の、休暇としての使用も褒賞金としての精算も比較的自由に運用されていた。

(ⅱ) 昭和三五年ころ

発生時に保留した褒賞については原則として退職時まで買い上げないこととした。この際、労働組合との合意はもちろんのこと協議も経なかったが、労働組合や従業員からの異議申立てはなかった。

(ⅲ) 昭和四五年ころ

結婚、本人あるいは家族の病気、住宅取得等の特段の事由がある場合に限り保留した褒賞を買い上げることとした。この際も、労働組合との合意はもちろんのこと協議も経なかったが、労働組合や従業員からの異議申立てはなかった。

(ⅳ) 昭和四七年ころ

特段の事由がなくとも従業員の申し出があれば、保留した褒賞を買い上げることとした。この際も労働組合との合意はもちろんのこと協議も経なかったが、労働組合や従業員からの異議申立てはなかった。

(3) 以上のとおり、褒賞の発生条件、発生日数、褒賞金の算式等の「制度の部分」については、就業規則に規定を設け、これを変更するにあたっては、必ず労働組合との協議を行い、合意を得たのちに就業規則を適法に変更してきた。しかし、一たん発生した褒賞の保留方法、精算時期等の「運用方法」については、就業規則に規定はなく、被告ら会社は、労働組合との協議や合意を経ずに、一方的に、必要に応じて、何回となく、変更してきた。これらの変更の中には右(2)の(ⅱ)記載のように従業員に不利益なものもあったが、労働組合や従業員は異を唱えることなく従ってきた。また、被告ら会社が「運用方法」について従業員に対して約束したり保障したりしたこともなかった。

したがって、「運用方法」に関することがらである上限なく褒賞を保留しうるという規範意識は労使ともこれを有していなかったのであり、従業員が昭和四九年三月の時点で平均三〇日余りの褒賞を保留していたのは単なる事実行為にすぎなかった。よって、褒賞を上限なく保留しうる慣行が成立していたということはあり得ない。

(二) 定年延長の際の労働協約の規定

昭和四八年一一月に定年延長をした際の、褒賞は五五歳到達時に精算し、それ以降褒賞を行わない旨の労働協約の規定は、五五歳到達時に褒賞に関する一切を精算し、それ以降は褒賞の発生、保留、使用、買上げ等すべてについて適用をはずすとの趣旨の規定であり、五五歳未満の労働条件とは全く無関係であるから、この規定があることをもって、上限なく褒賞を保留しうる慣行があるということはできない。

三  抗弁

1  選定者らの有していた褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し、又は褒賞金として精算しうる地位は、本件規則変更により失われたものである。

右変更は、適法な手続を経ており、内容の上でも合理性を有するものである。

(一) 本件規則変更の手続

(1) 被告ソニーの本社工場、大崎工場、芝浦工場、羽田工場及び中央研究所(以下、これらを総して「本社圏」という。)

被告ソニーは、昭和四九年一〇月一四日にソニー新労働組合(現在はソニー東京労働組合と改称)及びソニー労働組合品川支部に対して書面をもって就業規則変更についての意見書を求める旨の申入れを行い、変更内容について従業員に周知徹底をはかった。被告ソニーの本社圏の各事業所においては、いずれの労働組合も従業員の過半数を組織していなかったため、右の申入れに対し、ソニー新労働組合が推薦母体となって各事業所毎に意見を述べるための従業員代表を選出し、同時に今回の就業規則変更に賛成か反対かの署名を全従業員に求めた。その結果、いずれの事業所においても署名をしなかった者をも含めた全従業員の半数を超える賛成署名を得たため、従業員代表各自が就業規則変更に賛成するとの意見書を被告ソニーに提出した。被告ソニーは、同年一一月一一日(中央研究所については同年一一月二五日)、右の意見書を添付して所轄労働基準監督署に就業規則等変更届を提出し、適法に就業規則を変更した。一方、ソニー労働組合品川支部は、右の意見書を求める旨の書面を一たん受領したが、後になって受領できないとして返却してきた。

(2) 被告ソニーの厚木工場

被告ソニーは、昭和四九年九月二八日にソニー厚木労働組合及びソニー労働組合厚木支部に対し就業規則変更についての意見書を求める旨の申入れを行い、従業員の過半数を組織するソニー厚木労働組合より意見書の提出を受け、同年一一月五日に右の意見書を添付して所轄労働基準監督署に就業規則等改定届を提出し、適法に就業規則を変更した。なおソニー労働組合厚木支部からの意見書の提出はなかった。

(3) 被告ソニーマグネプロダクツ

被告ソニーマグネプロダクツは、昭和四九年一二月二四日にソニー仙台労働組合及びソニー労働組合仙台支部に対して就業規則変更についての意見書を求める旨の申入れを行うとともに、同日、就業規則の変更内容について従業員に周知徹底を図った。被告ソニーマグネプロダクツではいずれの労働組合も従業員の過半数を組織していなかったため、右の申入れに対し、ソニー仙台労働組合が従業員代表を募り、従業員代表が全従業員に対して今回の就業規則変更に賛成か反対かの署名を求めた。その結果、署名をしなかった者をも含めた全従業員の半数を超える賛成署名が集まり、従業員代表は就業規則変更に賛成する旨の意見書を被告ソニーマグネプロダクツに提出した。被告ソニーマグネプロダクツは昭和五〇年一月二一日に右の意見書を添付して所轄労働基準監督署に就業規則変更の届を提出し、就業規則を適法に変更した。なお、ソニー労働組合仙台支部からの意見書の提出はなかった。

(二) 本件規則変更の合理性

(1) 食料難であった昭和二二年ころに、従業員に買出しに行くための有給休暇を付与したのが、褒賞制度のそもそもの始まりである。翌昭和二三年ころ、従業員からの要望により、休暇を取って買出しに行く人と休暇を取らないで就業する人のアンバランスを調整する目的で、休暇を買い上げることにした。このように当初は買上げ制度は従たる性格のものであった。

しかし、その後年月を経るにつれて褒賞は休暇としてよりも資金としての性格が強まっていった。すなわち、就業規則上、褒賞制度は、第一義的には褒賞金として規定された。また、実際の使用状況をみても、被告ソニーでは昭和四八年度一年間に従業員一人当り、一六・四八日の褒賞が発生したが、このうち休暇として使用された日数は五・七三日にすぎず、褒賞金として三・六四日精算され、七・一一日保留された。被告ソニーマグネプロダクツでは、同期間に従業員一人当り、一六・六九日の褒賞が発生したが、このうち休暇として使用されたのは二・七三日にすぎず、褒賞金として六・〇七日精算され、七・八九日保留された。

被告ソニーは、昭和四五年九月、ニューヨーク証券取引所に株式を上場した。そのため、アメリカの証券取引法に従い、米国公認会計士協会に登録されているプライスウォーターハウス会計事務所の監査を受けることとなった。昭和四六年、右会計事務所の監査過程において、褒賞債務についても毎年引当てを行い費用として計上すべきである旨の指摘を受けた。そこで、被告ら会社では昭和四七年より保留されている褒賞債務について引当てを開始した。この時、始めて褒賞債務の額を算出したが、それは予想を大巾に上回り約一三億円にも達していた。しかも、この額は、保留の増加と賃上げにより毎年膨張していくことが明らかとなった。その結果、被告ら会社は褒賞に関して将来何か合理的な改善案あるいは処理方法を検討することが必要であると考えるに至った。

以上のように、褒賞制度は、二〇数年を経た結果、当初の買出しのための休暇という恩恵的な性格を失い、毎期末に引当てをしなければならないほどの巨大な債務に転化してしまったので、何らかの改善が必要となった。

(2) 昭和四八年一〇月のアラブ石油輸出機構(OAPEC)による突然の石油減産決定(いわゆるオイルショック)は、景気過熱で徐々にインフレーションが進行しつつあった日本経済を一挙にスタグフレーション(不況下の物価高)に陥れた。昭和四九年初めには、卸売物価指数は対前年比三〇パーセント台、消費者物価指数は同二〇パーセント台と異常に高まり、その一方で消費も設備投資も一気に冷え込み、国民総生産は戦後はじめてのマイナス成長を記録した。我国の経済はこれを境に従来の高度成長、二桁成長から安定成長、低成長への転換を余儀なくされる見通しであった。

被告ら会社においても、オイルショックを経た昭和四九年二月に、当時の会社の経営状況分析及び短期、中期の経営見通しを策定した。これを被告ソニーについてみると、当時進行中であった昭和四九年四月期(昭和四八年一一月~昭和四九年四月)については、材料費の高騰、昭和四九年四月の賃上げによる人件費の上昇等、減益要因が大きいため、出荷価格の引上げ等の措置をとったとしても昭和四八年一〇月期に比較して経常利益で一六億円、八パーセントの減益は免れえないとの見込みであった。また昭和四九年一〇月期については、同年四月期に比較して、更に七〇億円の材料費増、二六億円の人件費増、二四億円の宣伝費、アフターサービス費等の増等が見込まれ、合計一六七億円の減益と予測された。その対処策として商品価格の値上げ、生産性向上によるコストダウンを図ったとしても合計一一四億円の増益にしかならないため、最終的に経常利益は一三三億円となり、同年四月期に比較して五三億円、二八パーセント、前年同期にあたる昭和四八年十月期に比べれば六九億円、三四パーセントもの大巾減益となる見通しであった。また昭和四九年一〇月期の売上高経常利益率は八・一パーセントに低下することが避けられないとの見通しであった。同時に行った向う三か年間の中期展望によれば、三年後の昭和五一年一〇月期(昭和五一年五月~一〇月)には、昭和四八年一〇月期と比較して、原材料費が二四〇億円の増、外部購入付加価値が四七八億円の増、人件費が一七一億円の増、経費その他で二一〇億円の増となり、合計一〇九九億円もの支出増が生じ、売上高が昭和四八年一〇月期の一三九八億円から二〇四六億円に増加したとしても経常利益は四五一億円減少し、二四九億円のマイナス(赤字)になると予測された。そこで商品価格の値上げ、生産性の向上、設計改善によるコストダウン等のあらゆる対策を展開して合計四〇八億円の増益を図り、何とか一五九億円の経常利益を達成しようとの計画を立てた。増益策がすべて計画通りにすすんだとしても昭和四八年一〇月期に比較すると経常利益で四三億円、二一パーセントの減益となる見通しであったし、更に売上高経常利益率は一四・四パーセントから七・八パーセントに大巾に低下せざるをえないとの厳しい見通しであった。また、被告ソニーマグネプロダクツの経営見通しも同様に厳しいものであった。

自由競争下において企業は、既存商品の販売を拡大するとともに、新商品を開発し、販売していかなければ脱落する。これらを担保するのがその企業の資本調達力であり、その裏付けとなるのが企業の収益構造である。企業にとって縮少は将来的には撤退につながるものであり、縮少均衡ということはありえない。昭和四九年当時、被告ら会社では、売上高を一〇〇としたとき、材料費六三、経費四、一般管理販売費一三、人件費一〇、経常利益一〇を収益構造の目標としており、この収益構造を長期的に悪化させる要因については改善、除去に努め、最終的には売上高経常利益率一〇パーセントの確保をめざしていた。ところが、前記の通り、この経常利益率が一挙に低下すると予測された。被告ら会社は、それまで、日本国内にとどまらず、ニューヨークをはじめとする世界一〇か所に及ぶ証券取引所に株式を上場し、高収益率を背景として額面五〇円に対し三〇〇〇円から四〇〇〇円という高い株価を維持し、その株価を反映した時価発行を行うことにより専ら資本を調達してきたのであるから、高株価を裏付けた利益率が大巾に低下するということは株価の低下に結びつき、これは第一に以前に時価発行に応募した投資家に損失を生じさせ、第二に以後時価発行という会社にメリットの大きい資本調達の道を閉ざすことになる。時価発行が不可能になるということは、金利を負担しなければならない、返済期限の定まった借入金に頼らざるをえないこととなり、更に会社の収益力を圧迫し、利益率を低下せしめ、株価を押し下げることになる。そしてこのような悪循環は、被告ら会社にとって大変危険な事態を招くことになる。そこで、被告ら会社ではあらゆる部門で利益率を改善するための努力が払われた。人事に関する分野でも新規採用の削減、残業規制、延べ五日間に及ぶ工場の一時帰休等が計画され実行された。

一方、昭和四九年の昇給に関して、総評系の春闘共闘委員会は、三万円以上、三〇パーセント以上、同盟は、二万五〇〇〇円以上、三〇パーセント程度、新産別は、二万五〇〇〇円以上と、いずれも前年度の妥結額を約一万円も上回る大幅要求を昭和四八年末に決めていた。更に昭和四九年に入りインフレーションが強まり、消費者物価は対前年比二〇パーセントを超える状況にあった。そこで被告ら会社としても昭和四九年度の昇給は三〇パーセント以上となることを覚悟せざるをえなかった(結果的には昭和四九年度の昇給は基準内賃金比三六・五パーセントで妥結した。)。また昭和五〇年以降についても日本経済全体がスタグフレーション(不況下の物価高)の様相を深めていくであろうと考えられたので、三〇パーセントまではいかなくとも相当高率の昇給が続くであろうと予測された。このような三〇パーセントを越える昇給を前に、被告ら会社では昇給に伴って自動的に増加する褒賞債務について残高の将来予測を行った。その結果、昭和四九年の昇給直前にあたる三月一五日の時点での被告ソニーの褒賞残高一七億九三〇〇万円が、昭和四九年の昇給率を三〇パーセントとして計算すると、一年後の昭和五〇年三月一五日の時点では二七億円強になり、一挙に一〇億円近くも増加することが判明した。更に昭和五〇年以降の昇給率を昭和四八年以前の過去一〇年間の平均昇給率二〇パーセントで試算すると昭和四九年三月一五日の時点で一八億円弱であった褒賞残高が、六年後の昭和五五年三月一五日には六倍の一一六億円に、八年後の昭和五七年三月一五日には一〇倍以上の一九四億円にも達すると予測された(昭和四九年のスタグフレーション下においては、とても昭和五〇年以降の昇給率が昭和四〇年代の水準から大巾に低下すると予測できなかったが、昭和五〇年以降の昇給率を一〇パーセントと仮定した試算も同時に行った。その結果、褒賞残高は六年後の昭和五五年三月一五日には約四倍の四二億円、八年後の昭和五七年三月一五日には約六倍の一〇六億円に達すると予測された。)また、被告ソニーマグネプロダクツでも、同様に褒賞が急膨張すると予測された。

前記のとおり、被告ら会社が昭和四九年二月に行った経営見通しでは、昭和四九年以降会社の業績は大巾に悪化し、売上高経常利益率は、会社が限界として設定した一〇パーセントを割りこむと予測されたのであり、このような状況の下で前記のとおり急膨張する褒賞債務をそのまま放置しておくことは、被告ら会社の収益構造を更に悪化させることとなり、被告ら会社の負担能力の限界を超えることになる。

よって、褒賞制度をそのまま存続させることはできなかった。

(3) 上限なく褒賞を保留することができ、しかも精算時期の価額で精算できるということは、次のとおりそれ自体不合理である。

(ⅰ) ある時点で発生した褒賞は、その時点での労働の対価として支給されたものであるから発生時点の価額が当然に予定されている。したがって実際の支払い時期がいつになろうとも褒賞は発生時点の価額で精算されるべきであり、上限なく褒賞を保留することができ、しかも発生時点の価額とは無関係に精算時期の価額で精算できるということはそれ自体に合理性がない。換言すれば、発生した褒賞は賃金請求権、休暇請求権のいずれと考えるにせよ発生後二年で消滅時効にかかるべきものであり、会社が時効の援用を留保していたところがそもそも不合理であったのである。(褒賞は発生した時点から権利行使できる点で退職という停止条件つきの債権である退職金受給権とは異なる。)。

(ⅱ) 本件規則変更を行う以前の昭和四九年三月の時点で、被告ソニーの褒賞債務は一七億九三〇〇万円に達していたが、これは全従業員の年間理論月収総額八四億二〇〇〇万円(=昭和四八年度平均理論月収六万九四〇〇円×一二か月×従業員数一〇、一一〇人)の二一・三パーセントにあたっていた。上限なく褒賞を保留することができ、しかも精算時期の価格で精算できるということは、理論月収を昇給させると自動的に同じ割合で褒賞債務が増加するということであるから、理論月収を仮りに従業員一人あたり一万円昇給させたとすると、褒賞債務は従業員一人あたり一万円×二一・三%=二一三〇円増加することとなり、これが理論月収の昇給とは別に被告ソニーに課せられることになる。一方、被告ソニーの理論月収の昇給額は、褒賞債務の増加額があるから同業他社よりも低いということはなく、毎年同業他社なみ、あるいは他社以上の水準であった。したがって、被告ソニーは、同業他社に比べて、昇給による人件費の負担増が昇給額の二一・三パーセントも大きいということになる。そのうえ、上限なく褒賞を保留することができ、しかも精算時期の価格で精算できるとすると、褒賞の保留日数は、毎年七・一一日ずつ増加するので、理論月収総額に対する褒賞債務の比率は年々高まり、昭和五二年には、三〇パーセントを越え、昭和五七年には五〇パーセントに達する。したがって、理論月収を仮に従業員一人あたり一万円昇給させると、昭和五二年には従業員一人あたり三〇〇〇円、昭和五七年には従業員一人あたり五〇〇〇円の褒賞債務増加による人件費増があることになり、そのまま放置しておけば、褒賞債務増加額が、理論月収の昇給額以上になる。また、これらのことは被告ソニーマグネプロダクツについても同様であった。よって、上限なく褒賞を保留することができ、しかも精算時期の価格で精算できるということは、被告ら会社の負担能力どころか支払能力まで危うくするものであり、それ自体不合理である。

なお、被告ら会社では、本件規則変更後も一人につき一九日の褒賞の保留は認めている。一九日は、理論月収年額の九・四パーセントにあたるから、被告ら会社は、毎年、理論月収の同業他社の水準以上の昇給の他に昇給額の九・四パーセントの負担を課せられていることになる。よって、本件規則変更はあまりに不合理であったものを被告ら会社が負担しうる範囲にまで正したにすぎないといえる。

(ⅲ) 休暇の請求権は、労働者が日々労働力を再生産し、明日への労働力の価値を高めるためあるいは労働者が健康で文化的な生活を営むための権利である。したがって、この権利は、今日使われるべき性質のものであり、財産権のように将来にわたって保留しうるものではない。よって、上限なく褒賞を保留することができ、しかも精算時点の価格で精算できるということは、褒賞を休暇としてみた場合、休暇の本質に反しており、不合理である。

(4) 被告ら会社では、前記二の2の(一)記載のとおり、一たん発生した褒賞の保留方法、精算時期等の「運用方法」については、就業規則に規定はなく、労働組合との協議や合意を経ずに、一方的に、必要に応じて、何回となく、変更してきたのであるが、本件規則変更もその「運用方法」に関するものである。

(5) 被告ら会社は、本件規則変更について、次のとおり、労働組合と合意に達している。

(ⅰ) 被告ら会社における労働組合の組織・実態

被告ソニー及び被告ソニーマグネプロダクツ並びに被告ソニーの工場が分離独立してできたソニー稲沢株式会社及びソニー一宮株式会社には、次の各労働組合が存する。

① ソニー東京労働組合(昭和五〇年一〇月にソニー新労働組合より名称変更) 被告ソニーの本社圏の従業員で組織

② ソニー厚木労働組合 被告ソニーの厚木工場の従業員で組織

③ ソニー仙台労働組合 被告ソニーマグネプロダクツの従業員で組織

④ ソニー稲沢労働組合 ソニー稲沢株式会社の従業員で組織

⑤ ソニー一宮労働組合 ソニー一宮株式会社の従業員で組織

⑥ ソニー労働組合(以下「ソニー労組」という。) 被告ソニー及び被告ソニーマグネプロダクツの従業員で組織

右の各労働組合のうち、①ないし⑤の労働組合は、これらの各労働組合の執行委員からなる中央執行委員会を設けて共同闘争体制を組んでおり、「五労組」と呼ばれている(以下、これらの労働組合を総称して「五労組」という。)。

(ⅱ) 労働組合との交渉の経緯

① 被告ら会社は、昭和四九年四月八日、五労組及びソニー労組に対し、昭和四九年度の賃上げについて、平均二万八三四円、理論月収比三〇パーセントの有額回答を示すとともに(イ)昭和四九年三月一六日現在各人が保有している褒賞を昭和五〇年三月一五日までに精算すること(ロ)昭和四九年四月一五日以降新規発生する褒賞については、一〇日を保留限度とし、一〇日を越えるものはその都度精算することの二点を褒賞の取扱い変更として申し入れた。

被告ら会社は、前記二の2の(一)記載のとおり、褒賞の「運用方法」について特に労働組合の意見を徴することなく独自に決定してきたが、労使間の将来の信頼関係を考えると右の褒賞の取扱い変更について労働組合の合意を得ておいたほうが良く、また右の褒賞の取扱い変更は、賃上げ率三〇パーセントというかつて例をみない超高額回答と密接な関連があるので、有額回答と併せて右の褒賞の取扱い変更の申入れをしたのである。

② 昭和四九年四月八日以降、右回答内容について労使間で交渉したが、各労働組合とも右の褒賞の取扱い変更に反対の態度を示した。そこで同月一七日に、被告ら会社は、労働組合の合意が得られるならば(イ)年次有給休暇(ロ)保留限度日数(ハ)賃上げ額の三点で会社が譲歩する用意がある旨表明した。これに対し、五労組は、同月一八日以降、褒賞の取扱い変更について絶対反対の立場から条件闘争に切り換え、(イ)賃上げ率を他社よりも三パーセント上乗せすること(ロ)年次有給休暇を増加すること(ハ)保留限度日数を二〇日とすることの三点を褒賞の取扱い変更の条件として提示した。そこで被告ら会社は、同月二四日に、(イ)住宅手当の変更を含み二万六六二四円、理論月収比三八・四パーセントの賃上げ(ロ)年次有給休暇の一日増(入社二年目は七日増)(ハ)交替勤務手当の増額、(ニ)褒賞の保留限度日数を一九日とするとの内容の再回答を行った。

③ 被告ら会社の右の再回答に対し、五労組は、更に賃上げ額を上乗せするよう要求し、合意には至らなかった。そこで同年五月七日、被告ら会社は、事態解決のためやむをえず四〇〇円賃上げ額を積み上げ、二万七〇二四円、理論月収比三八・九パーセント基準内賃金比三六・五パーセントの第三次回答を提示し、賃上げと褒賞の取扱い変更をセットとして解決すべく努めた。基準内賃金比三六・五パーセントは、電機大手の他社の賃上げ率(日立三三・五パーセント、東芝三三・五九パーセント、日本電気三三・五パーセント、松下三三・九九パーセント)を二・五パーセントから三パーセント上回る業界最高の賃上げ率であった。五労組は、翌五月八日に、執行部了承の形で、褒賞の取扱い変更を含めて会社回答に合意し、その後、組織の承認を経て、同月一三日に妥結し、協定書を取り交した。褒賞に関しては議事確認書の中で、「褒賞の発生、精算、使用方法は現行通りとするが保留できる最高限度を年間発生日数とする。それを越える日数は毎年三月一五日迄に精算するものとし、昭和四九年四月一五日より実施する。」と協定した。

④ 一方、ソニー労組は、従来、褒賞制度そのものについて「馬の鼻先に人参だ」と言って反対し、制度の廃止を主張していたが、右の褒賞の取扱い変更に関する会社提案に終始反対した。被告ら会社は、ソニー労組に対しても団体交渉を通じて取扱い変更の必要性を述べ、同年四月二四日、同年五月七日には、五労組に対すると同内容の回答を提示して説得に努めたが、会社提案に合意するには至らなかった。しかし春闘が終盤に近づき、五労組が右の執行部了承を打ち出した後になって、ソニー労組の前田書記長(当時)から、組合の機関に春闘の集約を図る前に、団体交渉を通じての合意点及び会社の最終意思を確認するために確認団交を開きたいとの申入れがあった。この申入れは、賃上げ及び諸手当について会社回答で合意したいということを意味していた。これに対し被告ら会社の側の窓口であった宮地係長は、ソニー労組のビラに、「もし、会社が強行するならば、私達が不利益になる以上、裁判所に提訴してでも闘う決意です。」という文章が載っていたことでもあり、五労組と同じく、賃上げ関係と褒賞の問題がセットであることを確認しておいた方がよいと考え、「確認団交を開くのは良いが、会社としては褒賞問題を除いての妥結ということは考えられない。それを承知の上で確認団交を開くということで良いか。」との問い合せをしたところ、前田書記長は、「褒賞問題については私一存でいいですよといってしまうわけにはいかないので確認団交の中で会社がはっきりそう(セットである旨)言って下さい。」と返事した。以上のとおり、ソニー労組は、被告ら会社が賃上げ等と褒賞の取扱い変更とをセットとして同時に解決すべく、各労働組合の意向を勘案の上、第三次回答を行い、その中で業界最高の労働条件の改善を提示したことを熟知し、かつ、褒賞の問題を除いて賃上げ等についてのみ被告ら会社が調印する意思がないことを十分に認識していた。

⑤ 同年五月一三日に、被告ら会社はソニー労組と確認団交を行った。この中で会社代表である笹本取締役勤労部長(当時)は、「しかも今回の諸々の回答の中にはいろんな意味合いで得べかりし利益と言いますか、将来そのままであれば得られるであろうという利益の保障というふうな意味合いも十分込めてありますし、その意味でセットであるという会社側の考え方です。」と、会社の最終意思を表明し、褒賞の取扱い変更と併せてでなければ賃上げその他の協定を締結しえないことを明確にした。ソニー労組は、褒賞の取扱い変更を含めて昇給交渉が労使で合意点に達したとの会社の理解を承知の上で、翌一四日に、機関に春闘の集約提案を行った。

⑥ 同年五月一四日以降、数回にわたって、協定書、議事確認書の文案についての事務折衝が、被告ら会社側は宮地係長、ソニー労組側は前田書記長が中心となって行われた。被告ら会社側は、「褒賞に関しては、ソニー労組との確認団交で会社代表が賃上げとセットである旨明言した通りであり、五労組との議事確認書と同文で協定を締結したい。」と申し入れた。これに対し、前田書記長から「本音はいいけれども、内部的事情や建前、いわゆるメンツから五労組とは同じようにはいかないわれわれのことも一緒にいれてくれ。」との返答があった。被告ら会社側としては、前田書記長の発言から、褒賞問題が五労組と同じ文案で明確にあらわれるのでは春闘を集約に向うにもソニー労組内部でいろいろ問題を生ずるのだろうと理解して、当初は五労組と同文でなければ妥結協定しない考えであったが、譲歩して「『今回の賃上げその他の労働条件の改善に際しては褒賞の運営(用)変更に伴う処置についても十分考慮しており、褒賞問題を切離して賃上げその他の労働条件の改善のみ実施することはできない。賃上げと一緒にする。』というようなことだけでもどうか。」と提案した。これに対し、前田書記長から、「内部的な問題とかメンツがあるのでわれわれの方の発言も入れてほしい。」との返答があった。この両論併記とのソニー労組側の主張に対し、被告ら会社側は、「両者の意見を書けば、あとで事情を知らない人が見た場合には誤解を招くおそれがある。しかも万一訴訟だとかということが起った場合には、いよいよ大変なことになる。だから、意見を書くのはやめるか会社の意見だけを書くようにしよう。」と述べた。これに対し、前田書記長は、「訴訟うんぬんということについては、そんな気はありませんから、そんな心配はいりませんよ。」と述べた。以上のやりとりをふまえて被告ら会社側は最終的にどうするかを検討したが、五労組とは既に妥結しているし、また五月も半ばを過ぎており、時期も時期だからということでソニー労組のいう「形式的」との意向を信用して、両論併記の形にすることに同意した。その結果、議事確認書の文言は、「褒賞の取扱変更に関し、組合は『会社の提示案では納得できないので、賃上げ問題とは別に考える』と述べた。会社は『今回の賃上げおよびその他の労働条件の改善に際しては、褒賞の運用変更に伴う措置についても充分考慮しており、褒賞問題のみを切離して賃上げその他の労働条件の改善のみを実施することはできない。賃上げと同時に実施する』と述べた。」となった。また、被告ら会社は、ソニー労組との間で、昭和四九年五月一六日、五労組との協定と同内容の、基準内賃金比平均三六・五パーセントの賃上げ、年次有給休暇の増加、交替勤務手当の増額等を内容とする協定を締結した。

⑦ ソニー労組は春闘終了後に被告ら会社に対して褒賞に関する継続交渉の申入れを行わなかった(褒賞問題が継続審議であるとすれば、このことは従来の慣行に反する。)し、訴えを提起することもなかった。更に同年九月にソニー労組から被告ら会社に対して提出された秋闘要求書(その時点での労使間の懸案事項、組合の要求事項は全部要求書に含めるのがソニー労組の従来から現在に至る一貫した姿勢である。)においてすら、褒賞については一言も触れられていなかった。ところが同年一〇月一四日に被告ら会社からソニー労組に対して就業規則変更に際して意見書を求める旨の申入れを行ったところ、ソニー労組は全く唐突に褒賞問題は継続審議であったはずだと主張し始め、更には仮処分申請に及んだ。しかし、第一次仮処分申請を行ったのはソニー労組員全員ではなく四五名のみであり、ソニー労組として組織的に提訴する姿とは到底考えられなかった。

⑧ 以上の事実から明らかなように、被告ら会社は、本件規則変更について、五労組とは、合意に達し、労働協約を締結した。ソニー労組とは、組合内部の反対機運に対処するため、労働協約を締結できないとのソニー労組の要望により、労働協約締結には至らなかったが、事実上合意に達していた。

(6) 被告ら会社は、前記(5)記載のとおり、五労組と本件規則変更について合意し、労働協約を締結したのであるが、被告ら会社では、五労組と合意し、労働協約を締結した事項については、たとえソニー労組が反対していても、ソニー労組の組合員を含む全従業員に適用する慣行があった。そのことは、次の各事実から明らかである。

(ⅰ) 被告ソニーは、ソニー新労働組合及びソニー厚木労働組合と合意し、労働協約を締結したうえで、昭和四三年三月に、理論月収を一六・六七パーセント加算するかわりに、従来四か月分であった一時金の固定分を二か月分に減ずる措置を実施した。被告ソニーは、右の措置の実施に先立ち、ソニー労組とも右の措置について交渉したが、合意に達せず、労働協約の締結に至らなかった。しかし、右の措置を実施した後、ソニー労組から、理論月収の加算分の受領を拒否する等の反対の意思表示は何らなかった。

(ⅱ) 被告ソニーは、昭和四六年一月に、年間の所定労働時間を三〇時間近く短縮するかわりに、従来一年間の精勤に対して一〇日の褒賞が発生したのを七日とする措置を実施した。被告ソニーは、右の措置の実施に先立ち、被告ソニーの従業員で組織する各労働組合に対して右の措置について通知し、労使交渉を経て、従業員代表の意見書を求め、就業規則を変更した。ソニー労組は、右の措置を実施する以前は、右の措置の実施に反対していたが、右の措置の実施後は、特に反対の意思表示をすることはなかった。

(ⅲ) 被告ら会社は、五労組と合意し、労働協約を締結したうえで、昭和四八年一一月に、従来満五五才であった定年の年令を段階的に満六〇才まで延長した。被告ら会社は、右の定年延長の実施に先立ち、ソニー労組とも右の定年延長について交渉したが、ソニー労組は、賃金や褒賞の取扱い等の労働条件面で絶対反対の姿勢を崩さず、合意に達しなかった。ソニー労組は、現在に至るも、被告ら会社と右の定年延長について合意していないが、事実上右の定年延長の全従業員への適用を認めている。例えば、ソニー労組は、昭和四九年の昇給交渉において、議事確認書の中に「定年延長者については四月分賃金より八万二〇〇〇円を下回らないこととする。」との条項を入れることを申し出たし、ソニー労組の組合員でありながら五五才を超えても被告ら会社に在籍している従業員も現に数名存する。

(ⅳ) 被告ら会社は、本件規則変更後の昭和五〇年二月以降、五日間に及ぶ一時帰休を実施したが、実施に先立ち、一時帰休中の賃金の取扱い等の労働条件について、五労組及びソニー労組と交渉を行った。その結果、五労組とは合意に達し、労働協約を締結したが、ソニー労組とは合意に達しなかった。被告ら会社は、一時帰休中の労働条件について、五労組と合意した内容を全従業員に適用したが、何の紛争もなかった。

(7) 被告ら会社は、本件規則変更にあたって、前記(5)の(ⅱ)記載のとおり、次のような見返り措置を講じている。

(ⅰ) 昭和四九年に、電機業界の他社の賃上げ率を二・五パーセントから三パーセント上まわる、理論月収比三八・九パーセントの賃上げを実施した。しかも、当時、従業員が保有していた一九日を超える褒賞の精算は、この賃上げ後の理論月収により行った。

(ⅱ) 年次有給休暇を一日(入社二年目は七日)増加した。

(ⅲ) 交替勤務手当を増額した。

(8) 本件規則変更は、次のとおり、被告ら会社の大多数の従業員の同意を得ている。

(ⅰ) 被告ら会社は、前記(5)記載のとおり、本件規則変更について五労組と合意に達しているが、五労組のうち被告ら会社の従業員で組織している労働組合の組織率は、ソニー東京労働組合が三二パーセント、ソニー厚木労働組合が七二パーセント、ソニー仙台労働組合が二二パーセントである。

(ⅱ) 前記(一)記載のとおり、被告ら会社のうち、被告ソニーの本社圏及び被告ソニーマグネプロダクツにおいて、従業員に本件規則変更に賛成か反対かの署名を求めたところ、いずれの事業所においても、署名をしなかった者を含めた全従業員の過半数の賛成署名が集まった。

(ⅲ) 被告ら会社が五労組と本件規則変更について合意に達した昭和四九年五月以降、褒賞の精算を申し出る従業員が急増した。すなわち、毎月の褒賞精算日数は、同年四月までは多い月でも九〇〇〇日弱、平均すれば三〇〇〇日前後であったところ、同年五月には一万七〇〇〇日余り、同年六月には八万日弱、同年七月には六万五〇〇〇日弱にも及んだ。このように従業員の自主的な精算がすすんだ結果、昭和五〇年三月一五日に保留限度日数を超えるとの理由で被告ら会社が精算した褒賞の日数は、被告ソニーにおいては従業員一人平均五・六九日、被告ソニーマグネプロダクツにおいては従業員一人平均三・七六日にすぎなかった。

(9) 労働関係は集団的、画一的に処理することが必要であり、選定者らについてだけ、別に賃金計算をするあるいは休暇の管理をするということは事実上不可能である。したがって、本件規則変更の効力が選定者に及ばないとすれば、被告ら会社は、前記(8)記載のとおり大多数の従業員の理解、同意を得た本件規則変更を実施できなくなる。

(10) 被告ら会社の労働条件は、次のとおり、本件規則変更を行っても、電機業界で最高水準にあり、同業界の他社の労働条件を下回ることはない。

(ⅰ) 賃金

① 被告ら会社の初任給の額は、毎年電機業界の最高水準にある。

② 被告ら会社の毎年の昇給は、昇給による褒賞債務の増加を除いても、昇給額、昇給率とも電機業界の最高水準にある。

③ 被告ら会社の夏季及び年末の一時金の額は、電機業界の水準を大巾に上回り、年間で比較すると、電機業界の他社より約三か月分も高い。

④ 更に、一年間に発生した褒賞のうち、休暇として使用されない日数が従業員一人平均一〇・七五日あるから、被告ら会社の従業員は、これに相当する褒賞金を取得することができる。

(ⅱ) 退職金

女子の結婚あるいは出産による退職の際の退職金は電機業界でも高水準にある。また、定年退職の際の退職金についても従来から電機業界の水準を下回るということはなかった。

(ⅲ) 所定労働時間

被告ら会社では、昭和四八年より電機業界の他社に先がけて年間二〇〇〇時間体制をとり、電機業界の水準より相当短い労働時間を維持してきた。

(ⅳ) 休暇

被告ら会社の年次有給休暇は、確かに電機業界の他社よりも二日ないし三日程度少ない。しかし、本件規則変更後においても一九日の褒賞休暇があるのであり、これを含めれば有給休暇として使用できる日数は電機業界の他社よりも相当多い。また、産前産後休暇、生理休暇、定期検診休暇等についても、期間、賃金保障率とも電機業界の水準を上回りこそすれ、下回るといったことはない。

(ⅴ) 病気療養時の休職

被告ら会社では、本件規則変更当時、電機業界の他社なみの病気療養時における休職の制度があった。

(ⅵ) 住宅資金

被告ら会社では、従来から積極的に持ち家政策をとっており、住宅財形、住宅貸付金等の制度をとり入れてきた。住宅貸付金の貸付金額、返済年限、金利等について電機業界の他社と比較してみた場合、被告ら会社は最高水準にある。また、被告ら会社は、家賃補助として住宅手当を支給しているが、電機業界の他社にはこの制度がないところもあり、あってもその額は被告ら会社より少額である。

(ⅶ) 福利厚生費

被告ら会社は、厚生年金保険料、健康保険料等の法定福利厚生費及び給食補助、通勤費、クラブ活動費、レクリエーション補助、医療関係費、社宅や独身寮の費用等の法定外福利厚生費を負担している。この法定外福利厚生費の従業員一人あたりの額は電機業界の他社の水準を上回っている。

2  仮に選定者らの、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位が、本件規則変更により失われていないとしても、選定者らのうち、別表(一)ないし(四)記載のソニー東京労働組合の組合員及び非組合員については、次の理由により、この地位を失った。

(一) 被告ソニーは、ソニー東京労働組合との間で、前記1の(二)の(5)記載のとおり本件規則変更と同じ内容の労働協約を締結した。したがって、選定者らのうちソニー東京労働組合の組合員については、この労働協約の効力により右の地位を失った。

(二) 前記1の(二)の(6)記載のとおり被告ら会社においては被告ら会社と五労組との間で締結した労働協約の内容を非組合員の労働条件としてきた慣行がある。被告ら会社は、五労組との間で前記1の(二)の(5)記載のとおり本件規則変更と同じ内容の労働協約を締結し、そのうえで本件規則変更を行ったのであるから、選定者らのうち非組合員については、この慣行により右の地位を失ったということができる。そもそも非組合員が労働条件の決定に主体的に関与したいと思うのならば、労働組合に加入するか労働組合を結成して団体交渉等の正当な手続によるべきである。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁に対する認否

(一) 抗弁1の(一)の事実は認める。

(二) 抗弁1の(二)について

(1) (1)ないし(4)は争う。

(2) (5)について

(ⅰ)の事実は認める。(ⅱ)の①の事実のうち、被告ら会社は、昭和四九年四月八日、五労組及びソニー労組に対し、昭和四九年の賃上げについて、平均二万八三四円、理論月収比三〇パーセントの有額回答を示すとともに、(イ)昭和四九年三月一六日現在各人が保有している褒賞を昭和五〇年三月一五日までに精算すること(ロ)昭和四九年四月一五日以降新規発生する褒賞については、一〇日を保留限度とし、一〇日を越えるものはその都度精算することの二点を褒賞の取扱い変更として申し入れたことは認めるが、被告ら会社は、褒賞の「運用方法」について特に労働組合の意見を徴することなく独自に決定してきたことは争い、その余は知らない。(ⅱ)の②、③の事実は認める。(ⅱ)の④の事実のうち、ソニー労組は、褒賞の取扱い変更に関する会社提案に終始反対したこと及び被告ら会社は、ソニー労組に対しても団体交渉を通じて取扱い変更の必要性を述べ、同年四月二四日、同年五月七日には、五労組に対すると同内容の回答を提示して説得に努めたが、会社提案に合意するには至らなかったことは認めるが、その余は否認する。(ⅱ)の⑤の事実は否認する。(ⅱ)の⑥の事実のうち、議事確認書の文言は、「褒賞の取扱変更に関し、組合は『会社の提示案では納得できないので、賃上問題とは別に考える』と述べた。会社『今回の賃上げおよびその他の労働条件の改善に際しては、褒賞の運用変更に伴う措置についても充分考慮しており、褒賞問題のみを切離して賃上げその他の労働条件の改善のみを実施することはできない。賃上げと同時に実施する』と述べた。」となったこと及び被告ら会社は、ソニー労組との間で、五労組との協定と同内容の、基準内賃金比平均三六・五パーセントの賃上げ、年次有給休暇の増加、交替勤務手当の増額等を内容とする協定を締結したことは認めるが、その余は否認する。(ⅱ)の⑦の事実のうち、被告ら会社は、本件規則変更について、五労組とは、合意に達し、労働協約を締結したこと及びソニー労組とは労働協約締結に至らなかったことは認めるが、その余は否認する。

(3) (6)のうち、被告ら会社は、五労組と本件規則変更について合意し、労働協約を締結したことは認めるが、その余は争う。

(4) (7)の事実は認める。

(5) (8)の事実のうち、(ⅰ)、(ⅱ)は認めるが、(ⅲ)は知らない。本件規則変更は被告ら会社の大多数の従業員の同意を得ていることは否認する。

(6) (9)、(10)は争う。

(三) 抗弁2のうち、被告ら会社は、五労組との間で、本件規則変更と同じ内容の労働協約を締結したことは認めるが、その余は争う。

2  抗弁に対する反論

(一) 近代の労使関係は、奴隷と主人のような上下の身分関係ではなく、対等の者の間の契約関係である。しかし、現実の社会においては、労働者は、事実上、使用者が一方的に決定する労働条件を押しつけられ、その条件を受け入れて、契約を締結することを余儀なくされている。労基法第二条は、使用者に対する労働者のこのような事実的従属に対する反省の結果、労働者が実質的な意味において使用者と対等の立場において労働条件を決定すべきものであることを規定した。この労使対等決定原則は、労働法の基本原理であり、使用者が一方的に労働条件を変更した時に、その一方的に変更された労働条件の下で労働者が就労しなければならない、つまり、従来の労働条件の下で確定してきた権利の放棄を一方的に余儀なくされる事態は、労使対等決定原則からみて容認しうるものではない。

選定者らが、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し、又は褒賞金として精算しうる地位は、前記一の2、3記載のとおり、きわめて重要な労働条件として労働契約の内容になっていた。

よって、本件規則変更によって右の地位を失わせることはできない。

(二) 仮に、合理性があれば、使用者は、就業規則を改定して労働条件を不利益に変更してもよいとしても、その労働条件が賃金や退職金に関する場合には、「特段の事情」が必要であると解すべきである。しかるに、次のとおり、本件規則変更は、賃金、退職金に関する変更でありながら「特段の事情」が存しないから、本件規則変更によって右の地位を失わせることはできない。

(1) 褒賞の賃金、退職金としての性格

褒賞を褒賞金としての性格に着目するとき、それは一種の精皆勤手当とみることができ、労働者が労働の対価として受け取る賃金の一種にほかならない。

被告ら会社の労働者は、褒賞のかなり多くの日数を定年まで保有しておくことにより、これで定年時の退職金を補っていた。この意味において褒賞金は、退職金の一部肩代り的な実質を有する。また、退職金が算定の基礎となる賃金の昇給による増額と勤続年数の増加に比例して増えていくのと同様に、褒賞金も精算の基礎となる賃金の昇給による増額と保有日数の増加に比例して増えていくのであり、両者の権利としての性格、構造は全く同じである。したがって、褒賞は、退職金としての性格も有する。

(2) 「特段の事情」について

「特段の事情」については次のように解すべきである。

(ⅰ) 営利追及目的に支障をきたすとか経営不振とかの程度の事情では、右「特段の事情」に該らない。

(ⅱ) 企業活動の合理化なしには倒産も予想されるなど企業の存亡にかかわる事態が発生し、かつこの事態の発生が就業規則作成当時予想できなかった著しい事情の変動によるものであり、その変動につき使用者に帰責事由がなく、従前の労働条件を維持するときには著しく公平を欠き信義則上妥当でないと認められる場合にはじめて右「特段の事情」が認められる。

(3) 本件について

被告ら会社において従業員らが褒賞を上限なく保有しうるままにしておいても、被告ら会社の褒賞金の支払能力がなくなるということもなければ、倒産も予想されるなど企業の存亡にかかわる事態が発生するということもない。単に被告ら会社の収益構造上マイナスの要因として作用するというにすぎない。また、被告ら会社は、褒賞日数の増加と賃金の昇給による被告ら会社の経済的負担を認識し予測したうえで、毎年褒賞を上限なく保有しうる旨の説明を繰り返してきたのであるから、著しい事情の変動があったともいえない。よって、右「特段の事情」は存しない。

(三) 仮に、右「特段の事情」がなくても合理性が認められれば、使用者は労働条件を不利益に変更することができるとしても、本件規則変更には次のとおり合理性がないから、本件規則変更によって右の地位を失わせることはできない(なお、本件規則変更の合理性は、選定者らが本件規則変更の当時保有していた褒賞を上限なく保有しうる地位を失わせる場合と本件規則変更の後に発生する褒賞を上限なく保有しうる地位を失わせる場合とでは異なると考えられるから両者を区別して論じる必要がある。)。

(1) 本件規則変更の必要性について

以下の(ⅰ)ないし(ⅴ)からすれば、本件規則変更に必要性がないことは明らかである。

(ⅰ) 被告ら会社は、昭和四九年四月期、同年一〇月期及び昭和五一年一〇月期についての経営見通しをたてたところ昭和四八年一〇月期と比較して業績が大巾に悪化すると予測された旨主張している。しかし、昭和四八年度は、列島改造ブームで景気が過熱化したうえ、原油が四倍に値上がりしたことによる狂乱物価があったために産業界が巨利を得た時期であり、被告ら会社も巨利を博した。したがって昭和四八年一〇月期と比較して業績が悪化するからといって本件規則変更の必要性があるということはできない。ちなみに、被告ソニーの昭和四五年及び昭和四六年の各四月期と昭和四九年四月期の現実の純資本経常利益率を比較し、更にこれらを通信用家庭用電気機器会社の同期の純資本経常利益率の平均値と比較すると、次のとおりになる。

(昭和四六年四月期) (昭和四九年四月期) (増減)

被告ソニー 一五・七八% 一三・四五% 二・三三%悪化

右平均値 七・四八% 七・三二% 〇・一六%悪化

(昭和四五年四月期) (昭和四九年四月期) (増減)

被告ソニー 一三・六四% 一三・四五% 〇・一九%悪化

右平均値 一三・一一% 七・三二% 五・七九%悪化

(ⅱ) 被告ら会社は、売上高経常利益率一〇パーセントを目標としていたところ、昭和四九年一〇月期及び昭和五一年一〇月期には、売上高経常利益率が一〇パーセントを割ると予測され、このことは資本調達力を低下させ、被告ら会社にとって大変危険な事態を招くことになると考えられた旨主張している。しかし、

① 現在の経済情勢の中で、我が国において経常利益率一〇パーセント前後を実現している企業は、ほとんど存在していない。すなわち、昭和五一年度における有価証券報告書による会社分析によれば、売上高経常利益率は、国内の全産業の平均が一・五二%、製造業の平均が二・二六パーセントであり、最高は医薬品製造業の一〇・一八パーセントである。また被告ら会社と同業の大手電機メーカーである松下、日立、日本電気、東芝、三菱電機と被告ら会社の売上高経常利益率を比較すると、被告ら会社は、これらの会社を断然引き離している。売上高経常利益率一〇パーセント前後を確保しているのは被告ら会社だけであり、他の会社はすべて六パーセント前後にも達していない。

一方、国際的な大企業においても経常利益率一〇パーセント前後を実現している企業は、決して多くない。すなわち、「フォーチュン誌」の「世界の二〇〇大企業」「米国の五〇〇大企業」により選出して作成された通産省産業政策局編「世界の企業の経営分析」昭和五〇年版によれば、売上高経常利益率一〇パーセント前後を実現している企業は、総合電機メーカーでは、わずかにゼネラル・エレクトリックの一一・六九パーセント、シュールンベルゲルの一六パーセントだけである。軽電機メーカーでは、ワール・プールの一一・三〇パーセント、ゼニスの一〇・七二パーセント、エマーソンの一五・九五パーセント、モトローラの九・九九パーセント等があるのみである。また、右の総合電機メーカーと軽電機メーカーの売上高経常利益率の平均は七・九九パーセントでしかない。

これらのことからすれば、売上高経常利益率一〇パーセントというのは、客観的にみてきわめて高率であり、これを割ると資本調達力を低下させ、被告ら会社にとって大変危険な事態を招くことになるというのは、短絡的すぎ、到底とるをえない。

② 被告ソニーの現実の売上高経常利益率は、昭和五〇年中間決算で八・三パーセント、通期で七・九パーセントと一〇パーセントを割っているほかは一貫して一〇パーセント以上であり、被告ソニーマグネプロダクツの売上高経常利益率も同様であるから、被告ら会社の売上高経常利益率に関する右の予測は誤っていたということができる。また、売上高経常利益率が低下した時期においても、その原因は、材料比率の上昇や経費、外注比率及び一般管理費比率の上昇にあり、人件費比率の上昇にはない。

(ⅲ) 被告ら会社は、昭和五〇年以降の昇給率を二〇パーセントと仮定し、この割合での昇給が続くと褒賞が急膨張すると予測された旨主張している。しかし、現実の賃上げ率は、昭和五〇年度が一三・八パーセント、昭和五一年度が一二・五パーセント、昭和五二年度が一一・二パーセント、昭和五三年度が七・三パーセントと、二〇パーセントとは程遠いものであったのであり、右の予測は誤っていたということができる。

(ⅳ) 褒賞の現実の負担は次のとおりそれほど大きくはない。

① 主位的請求について

被告ソニーの労働者が褒賞を定年退職するまで三三年間、昭和四八年度の平均保留日数(七・一一日/年)で保留すると、総保留日数は二三五日分、理論月収の一三・九か月分となる。これは退職金の三三パーセントにすぎない。また、昭和四九年度以後の現実の賃上げ率にあてはめて褒賞債務の年々の増加額を試算すると、昭和五〇年度は一一・〇一億円(人件費の三・六パーセント)、昭和五一年度は九・〇七億円(同二・六パーセント)、昭和五二年度は一一・〇二億円(同二・八パーセント)、昭和五三年度は一一・九二億円(同二・九パーセント)となる。

被告ソニーマグネプロダクツについても右と同様のことをいうことができる。

② 予備的請求について

昭和四九年三月の時点において被告ソニーにおける褒賞の総保留日数を金銭に換算すると一七億九三〇〇万円となり、当時の人件費の一〇パーセントに相当する。当時、人件費の対売上高比は約一〇パーセントであったから、この褒賞を全額精算しても売上高の一パーセントにあたるにすぎない。また、右日数がすべて保留されたとした場合、昇給率を年二〇パーセントとしても、昇給により増加する必要源資は年間人件費の一パーセントにすぎず、これを現実の昇給率でみると年間人件費の一パーセントを下回る。また更に、昭和五〇年三月に現実に精算された日数の褒賞が保留されたとした場合、昇給率を年二〇パーセントとしても、昇給により増加する必要源資は年間人件費の〇・二パーセントにすぎず、これを現実の昇給率でみると年間人件費の〇・一三パーセント以下となる。

被告ソニーマグネプロダクツについても右と同様のことをいうことができる。

③ 被告ソニーにおける現実の人件費の対売上高比は、昭和五〇年度は一〇・三四パーセント、昭和五一年度は一〇・〇一パーセントであるから、右の増加額を加えたとしても、被告ソニーが目標とする人件費の売上高比一〇パーセント前後は維持されており、褒賞債務の増加が収益構造に与える影響は微少なものである。また、被告ソニーマグネプロダクツにおいても褒賞債務の増加が収益構造に与える影響は同様に微少なものである。

(ⅴ) 被告ら会社は、次のとおり抜群の収益力を持つ優良企業である。

① 国内比較

被告ソニーの総資本経常利益率は、昭和四六年以後最も高かった昭和四七年下期には二〇・〇九パーセントであった。これは、被告ソニーもそこに含まれている通信用家庭用電気機器会社の平均九・五六パーセントの二倍以上、製造業平均四・六四パーセントの四・三倍以上にあたっていた。ちなみに、日本の巨大企業中最高の優秀企業とされる松下電器産業さえも一四・八二パーセントにすぎなかった。被告ソニーの総資本経常利益率は、昭和四八年上期には一八・〇四パーセント、同下期には一六・四三パーセントと低下したが依然としてきわ立った高率であった。また昭和四九年には、上期一三・四五パーセント、下期一二・〇六パーセントと最高時からかなりの低下をみるに至ったが、同年においては、製造業全体がきびしい収益力の低下に見舞われており、製造業平均は上期には四・八一パーセント、下期には二・三二パーセント、通信用家庭用電気機器会社の平均は上期には七・三二パーセント、下期には五・四四パーセントにまでそれぞれ落ち込んでいた。更に昭和五〇年通期には被告ソニーにとっては最低の八・六〇パーセントとなったが、これは、通信用家庭用電気機器会社の平均三・八九パーセントの二・二倍以上の高さであった。

被告ソニーの売上高経常利益率は、昭和四六年以後最も高かった昭和四八年上期には一三・八一パーセントであったが、同期の通信用家庭用電気機器会社の平均は七・七八パーセント、製造業平均は六・四一パーセントにすぎなかった。また、被告ソニーの売上高経常利益率は、昭和四九年上期には、九・九七パーセントまで低下したが、同期において通信用家庭用電気機器会社の平均は五・八三パーセント、製造業平均は四・六〇パーセントまで低下しており、この時期においても被告ソニーの売上高経常利益率はきわめて高かったといえる。更に、被告ソニーの売上高経常利益率は、昭和五〇年通期の七・九三パーセントを最低として、昭和五一年中間決算で一一・七四パーセント、通期で一一・七六パーセントと急速に回復している。

被告ソニーマグネプロダクツについても右と同様のことをいうことができる。

② 国際比較

被告ソニーの昭和四八年度の総資本利益率(税引後)は、九・八八パーセントであった。これは、アメリカの軽電機会社七社の平均八・七〇パーセント、イギリスの軽電機会社三社の平均五・二二パーセントよりも高率であり、代表的な電機メーカーであるGE(米)の七・三一パーセント、同(英)の六・四四パーセント、ウェスティング・ハウス(米)の三・九九パーセント、ジーメンスグループ(独)の三・八一パーセントよりもはるかに高率であった。また、被告ソニーの昭和四九年度のこの利益率は六・五五パーセントに低下したが、海外の会社の利益率もすべて低下しており、GE(米)の六・八〇パーセントよりはわずかに下回るものの、なお世界のトップクラスの高収益率を維持していた。

被告ソニーの売上高利益率(税引後)は、昭和四八年度においては七・二六パーセント、昭和四九年度においては四・九一パーセントであった。これらは、国際的に十分通用する高率であった。

被告ソニーマグネプロダクツについても右と同様のことをいうことができる。

(2) 褒賞制度の合理性について

(ⅰ) 前記(二)の(1)記載のとおり褒賞は退職金と同一の構造をもっている。また、被告ら会社の労働者が入社から定年まで発生するすべての褒賞を保留してもその額は退職金の額の八九パーセントにすぎないし、被告ソニーの労働者が入社から定年まで年間保留日数だけ毎年褒賞を保留したとしてもその額は退職金の額の三三パーセントにすぎない。退職金は格別不合理だとは考えられていないのであるから、褒賞制度も不合理であるとはいうことはできない。

(ⅱ) 昭和四八年度から昭和五一年度までの間の、被告ソニーと同業他社との労働分配率を比較すると、同業他社はいずれも五〇パーセントないし七〇パーセントに達しているのに対し、被告ソニーは三五パーセントないし四〇パーセントにとどまっている。また、この間の、わが国の電気機器メーカーの労働分配率の平均は約五〇パーセントないし六〇パーセントであり、製造業の労働分配率の平均は四五パーセントないし五〇パーセントであるから、これらと比較しても被告ソニーの労働分配率はきわめて低い。更に、従業員一人あたりの売上高、従業員一人あたりの純利益等については、被告ソニーは同業他社に比べて図抜けて高い。

被告ソニーマグネプロダクツについても右と同様のことをいうことができる。

よって、被告ら会社は、同業他社に比べて、褒賞制度があるために人件費の負担が大きいということはできず、このことを理由に褒賞制度は不合理であるということはできない。

(3) 「運用方法」の変更について

褒賞の褒賞金への換金にあたっての要件には被告ら会社が主張するような変化があった。しかし、褒賞を上限なく保有しうることは一貫して変わることがなかった。また、右の変化についても、単に組合あるいは個々の労働者が特段反対の意思を表示して争わなかったにすぎない。

(4) ソニー労組と被告ら会社との合意について

ソニー労組は、被告ら会社との間で、本件規則変更について合意していない。このことは次の各事実から明らかである

(ⅰ) 昭和四九年五月一〇日付のソニー労組中斗委ビラは、「(褒賞制度の扱い変更を)もし会社が強行するならば……裁判に提訴してでも斗う決意です。」と述べている。

(ⅱ) 同月一三日のソニー労組と被告ら会社との団体交渉の最後にソニー労組の阿部委員長は、褒賞を除いてここまでで終結する旨はっきり述べ、これに対し笹本勤労部長は「わかりました。」と述べた。

(ⅲ) 翌一四日のソニー労組の春闘集約提案は、右(ⅰ)の中斗委ビラを受けて次のように述べている。

「最后に残された『褒賞』問題については、会社は『春斗回答とセットである。』として頑迷に固執している。しかし一方では『事態解決のためには協定化に固執しない』『制度変更ではなくただ今まであずかっていたものを今后は限度以上はあずからないだけで、運用上の変更である。』とものべている。勿論ソニー労組は決して『運営上』とは考えず、労働条件の変更、制度変更であると考えている。このような問題をセットとして押しつけられることは絶対容認できない。これは署名に参加した千数百名の労働者の声でもある。

しかし春斗としては妥結すべき時期に来ているとの判断から、ソニー労組としては、いったん斗争は打切り今后の『褒賞』問題に対する方針は別途立てて取組むべきだと考える。」

(ⅳ) 同月一六日付の議事確認書には、前記三の1の(二)の(5)の(ⅱ)の⑥記載のとおりソニー労組と被告ら会社の意見が併記されている。

(ⅴ) 同月一七日付ソニー労組中央執行委員会名義のビラは、褒賞制度の変更について被告ら会社と妥結していない旨を報じている。このことについて被告ら会社から抗議をうけるといったことはなかった。

(ⅵ) ソニー労組は同年七月二七日、二八日の定期大会において「褒賞制度改悪に反対し白紙撤回を目指す斗い」を提案し、仮処分、本裁判を用いることを明らかにしている。

(ⅶ) 同年九月一八日付のソニー労組情宣部ビラは、次のように述べている。

「  春斗で「褒賞休暇制度改悪」について残されていますが、秋斗ではとりあげるのですか?

春斗で会社は賃上げとセットでほうしょう休暇制度の改悪を強要してきましたが一応春斗では、はねかえしたものの、会社は強行しようとする姿勢をくずしていません。

こうした労働条件の改悪を許してはなりません。ソニー労組はこの問題ですでに裁判斗争の準備をするなど根強く斗っています。

こうした経過から秋斗と並行して斗います。」

(ⅷ) 同年一〇月一五日付の被告ら会社の勤労部速報は、「『ソニー労組が同意しなくとも賃上げと同時に実施する』旨の確認書を結」んだと述べている。

(5) 五労組との合意を全従業員に適用する慣行について

被告ら会社において、同会社が五労組と合意し、労働協約を締結した事項については、ソニー労組が反対しても、ソニー労組の組合員を含む全従業員に適用するとの慣行は存在していない。被告ら会社が前記三の1の(二)の(6)の(ⅰ)ないし(ⅳ)で主張している事例は、労働者にとって特段不利益でないために、労働者が結果的に容認したというにすぎない。被告ら会社では、一時金の妥結時期が違えば支給時期は違ってくる。また、被告ら会社とソニー労組とのベースアップの妥結が四月一五日以降になったためにソニー労組については四月分のベースアップを実施しなかったこともあったし、妥結しないうちにベースアップ分を仮払したためにソニー労組がベースアップ分を返却したこともあった。

仮に、右の慣行があるとしても、本件において選定者らは明示の反対の意思表示をしているのであるから、五労組と合意し労働協約を締結したからといって本件規則変更の効力が選定者らにも及ぶとはいうことはできない。

(6) 見返り措置について

被告ら会社の講じた見返り措置は、本件規則変更の代償として不十分なものである。

(7) 従業員の同意について

従業員の多くは本件規則変更に反対していた。

(8) 労働条件について

被告ら会社の労働条件は次のとおり劣悪であり、上限なく褒賞を保留しうる制度は、この劣悪な労働条件の対価である。

(ⅰ) 退職金

五五歳勤続三〇年で退職する場合の退職金を、被告ら会社と電機業界の他社とで比較してみると、被告ら会社は三七か月分であるのに対し、三菱電機、日本電気、沖電気などはいずれも四七か月分以上であり、一〇か月分も差がついている。五五歳の退職時に仮りに一五〇日の褒賞を保留しているとすると、これは賃金の約九か月分にあたるから、これを合計してようやく四六か月分くらいになる。組合は、五〇か月分の退職金を要求しているが、被告ら会社は褒賞があるから低くはないという理由でこれを拒否している。

(ⅱ) 時間外労働の実態

被告ら会社における時間外労働は、文字通り正面から労働基準法に違反するものから巧妙な労働基準法違反すれすれのものまであり、「世界のソニー」といったイメージから全く予想もつかないものとなっている。

① 割増賃金の支給のない時間外労働

(イ) 労働者の側であらかじめ被告ら会社に申告している以上の時間外労働に従事してもこの時間外労働に対しては割増賃金は支給されない。

(ロ) 被告ら会社においては、正規の就業時間終了後、ひき続いて時間外労働を開始した時には、「一時間未満の時間外労働」については割増賃金が支給されない。たとえ、五九分間時間外労働に従事しても割増賃金は支給されない。また、「初めの時間外労働一時間経過後」の時間外労働については、三〇分以上にならないと割増賃金は支給されない。たとえ、二九分間時間外労働に従事しても割増賃金は支給されない。

(ハ) 被告ら会社においては、三六協定により時間外労働は月間四〇時間までとなっているので、四〇時間以上の時間外労働に労働者が従事しても労働者に申告させないようにしている。そのため、現実には月間四〇時間以上の時間外労働に従事しても、月間四〇時間を超える時間外労働については割増賃金が支給されない。

(ニ) 被告ら会社においては、時間外の、業務に関する勉強会や、技術交換会がある。この中には業務命令のものもあれば形式上は「自主参加」のものもあるが、「自主参加」とはいっても参加しないと他の労働者に比べ遅れてしまうので結局参加を余儀なくされる。しかし、「自主参加」のものについては、割増賃金は全く支給されていない。また、時間外の会議についてもすべて同様である。

② 時間外労働の強要

(イ) 被告ら会社は、「目標管理」「自主管理」の名の下に、個々の労働者の、従事している業務についての責任を強調することにより、自分の従事している業務が遅れている時には「自主的に」時間外労働を行って自分の従事している業務の遅れを回復しなければならないという雰囲気を職場に作りあげていった。その結果、労働者は「自主的」という形での時間外労働を余儀なくされている。

(ロ) 一般に時間外労働に従事したか否かを査定の対象にすることは不当とされている。ところが、被告ら会社は、時間外労働に従事したか否か、どれぐらい従事したかを、賃金、一時金の査定の対象としている。その結果、個々の労働者は、悪い査定をつけられないようにするため、時間外労働をすることを余儀なくされている。

このような時間外労働の強要は、「グループ管理」によって、一層、拍車をかけられている。すなわち、ベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者はグループ単位で査定されるので、時間外労働に積極的に従事するグループに属しているか否かは個々の労働者の賃金、一時金の査定に大きな影響をもたらすことになる。そこで、グループに属する個々の労働者は、自分だけ時間外労働を拒否するといった態度を自由にとれなくなる。むしろ一人だけ時間外労働を拒否すれば、そのグループから追い出される結果になってしまう。

(ハ) 被告ら会社においては、職制が個々の労働者に「他の者と同じ時間だけ残業をやりなさい。」と言って、直接時間外労働を行うことを迫ったり、時間外労働に従事した労働者には良い判定機を使用させ、従事しない労働者には良い判定機を使用させないことにより、労働者に積極的に時間外労働をすることを余儀なくさせるといったことが行われている。

(ニ) ある職場では、どの労働者が、どの位、時間外労働に従事したかを表わすグラフを職場に張り出して、個々の労働者に時間外労働を余儀なくさせている。

③ その他労働基準法に違反する時間外労働

女子の労働者に対する時間外労働については、労働基準法上一日二時間の制限があるが、被告ら会社においては、一日二時間を超える時間外労働を平気で実施している。この場合、労働基準法違反の事実を隠ぺいするために、二時間を超える時間外労働については、別の日の時間外労働に従事した形をとっている。

(ⅲ) 労働時間の管理の実態

① 作業時間の開始時にみられる厳格さ

被告ら会社では、午前八時三〇分の始業時刻と同時に直ちに作業に入らなければならない。したがって、例えば、ベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者は、午前八時三〇分よりも前に、被告ら会社に到着し、ロッカー室で作業服に着替え、作業する職場に入って出欠の札をかえ、自己の使用する「ハンダこて」をしばらく温め、ベルトコンベアの前に座って待機するといった「業務」を始業時刻の前に行わなければならない。

② 「ソニー・スタンダード・タイム」(S・S・T、C・S・T)にみられるか酷さ

被告ら会社は、「ソニー・スタンダード・タイム」の名の下にベルト・ラインの工程編成をより細分化し、労働を単純、反覆作業にした上で、机上の計算により割り出された予定台数を達成できるように製品一台あたりの労働時間を定め、これに基づきベルトの速度を決めている。ここにおいては、労働者の疲労の蓄積、体調、個人差は全く考慮されていない。そのため、労働者は文字通り身体にムチ打って作業に従事している。トイレに行く時間すら十分とれない状況である。そのうえ、週休二日制の導入後は作業時間が一時間延長されたので、労働者の疲労は一層蓄積されるようになっている。

また、大崎工場のカラーテレビ(C・T・V)製造は、かつては、日産一八〇台であったが、火災事故があり、事故による生産停止を盛り返すための一時的措置として、日産二二〇台の速さにベルトの速度を合わせたところ、これがそのまま恒常的な体制となってしまった。

(ⅳ) 休憩の実態

被告ら会社は、ソニー・スタンダード・タイム(S・S・TあるいはC・S・T)によって、ベルトコンベアによる流れ作業に従事している個々の労働者に前記(ⅲ)の②記載のとおりか酷な労働を要求している。そのため、ベルトコンベアによる流れ作業に従事する個々の労働者は、互いに話す余裕もないほど極度に緊張した労働を一定時間継続している。したがって、休憩は労働者の健康維持にきわめて重要かつ不可欠なものとなっている。にもかかわらず、被告ら会社は、労働者が労働基準法上の休憩を十分に取ることができない状態を次のとおり放置している(むしろ、意識的にそうしていると言った方が正確かもしれない)。

① 「目標管理」「自主管理」「グループ管理」による休憩時間の作業時間化

前記の②の(イ)、(ロ)記載の「目標管理」「自主管理」「グループ管理」により、労働者は、自らの従事している業務が遅れてくると、他との「競争」に敗けないためにあるいは自分の責任といった意識の下に休憩時間に入っても労働に従事している。もちろん被告ら会社はこれらの事態を放置している。むしろ被告ら会社の「目標管理」「自主管理」のめざしているものがここに端的に現われているといっても過言ではない。

また、ベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者は、S・S・TあるいはC・S・Tにより、休憩時間中に部品の入れ替えをすることを余儀なくされているが、「グループ管理」によるグループ間の競争意識は、一層これらの作業を休憩時間中に行うことを余儀なくさせている。

② 休憩時間における作業の強制

被告ら会社において、労働者が、休憩時間中に行うことを強制されている作業を挙げれば枚挙にいとまがないが、例をあげると次のようなものがある。

(イ) 昼の休憩時間中も自動旋盤のスイッチを切らずにいるため、労働者は食事を食べながらあるいは休憩の合い間にたびたびチェックすることを余儀なくされている。

(ロ) 休憩時間にビスにウォッシャーを入れて洗う作業に従事しているとか、労働者が交代で、休憩時間に留守番をしているといったことがある。

(ハ) 「会議」が休憩を全く無視して続けられるといったことは日常茶飯事である。昼食を食べながら会議を行うこともある。もちろんこれらの「会議」は業務の一環として行われているものである。

③ 「区切りのよいところ」まではやり切るという労務管理

被告ら会社においては、「区切りのよいところ」までは仕事をやり切るという労務管理が行われているために、労働者は、休憩時間に入っても「区切りのよいところ」までは労働を継続することを余儀なくされている。もちろんこの場合に、その分だけ休憩時間を延ばすといった措置がとられているわけではない。

(ⅴ) 休暇

① 休暇日数

被告ら会社における初年度の年次有給休暇の発生日数は、昭和四八年春までは労働基準法と同一のわずか六日であった。同年春以降一日だけ増加したが、電機業界の他社と比べ約半分である。被告ら会社は、労働組合からの年次有給休暇の増加要求に対して褒賞休暇があることを理由に拒否している。

② 休暇の実態

被告ら会社は、増産につぐ増産の体制を維持、確保するために、労働者に対して、各種の方法を使って満足に休暇をとらせないようにしている。

(イ) 出勤率向上運動

被告ら会社は、「出勤率向上運動」の名の下に、次のようなことを行い、労働者が休暇を自由にとれないようにしている。

(a) ベルトコンベアによる流れ作業の職場では、ブロック別の出勤率表がはり出され、ミーティング等では「一人が休めば他の人に負担や迷惑がかかるから、欠勤者に対しては、皆で弾劾していこう。」と職制が指導し、欠勤者と出勤者とを対立させる雰囲気を職場に作り出している。

(b) ベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者の出勤率と生産台数をチェックし、そこから生産性を割り出し、他のラインの労働者のそれと比較して、他のラインとの競争をあおっている。

(c) ベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者に対して、連続して休暇をとらせない、正月の前後に休暇をとらせない、複数の者に同時に休暇をとらせない、といったことが行われている。

(d) 各職場では平均出勤率を公表して、職場相互の競争をあおっている。

(ロ) 休暇と査定

被告ら会社では、休暇やストライキにより就労しなかった時には出勤率がそれだけ低くなる。出勤率は賃金、一時金の査定の対象となっているから、労働者は査定への影響をおそれて自由に休暇をとることができない。

(ハ) 労働基準法違反すれすれの事態

(a) 生理休暇の行使に対する被告ら会社の嫌がらせは枚挙にいとまがない。例えば、生理休暇を休日の前後には行使させないとか、生理休暇をとった時にはグラフに赤マルをつけるとか、生理休暇を行使した場合には、出勤した日に必ず上司から呼ばれて、「他の人に迷惑がかかる。」「他の人は頑張っているのに。」と言われるとかといったことがある。

(b) 被告ら会社では有給休暇の場合にも、休暇を行使する理由を記入させている。理由を記入する場合に腕とか腰が痛いという記載をすると身体不調と書き直させている。これは、腕とか腰の痛みは職業病を疑わしめるということで被告ら会社は極度に嫌悪しているからである。

(c) 生理、疲労、病気等により有給休暇を行使した場合でも、午前八時三〇分までに被告ら会社に電話連絡することが要求されている。また、職場の職制は、これらの休暇を行使した労働者に対して電話をかけて、「軽い仕事を与えるから今から出てこないか。」と言って、執ようなまでに出勤を呼びかけている。

(ⅵ) 住宅

被告ら会社には男子独身寮があるだけで他に寮や社宅はなく、持家のない労働者は、住宅難と高家賃で苦しんでいる。労働組合は、被告ら会社に対して住宅貸付金の増額要求を出しているが、被告ら会社は、まず褒賞金を精算して住宅貸付金に使ってくれと答えるのみで、この要求に応じない。

(ⅶ) 職業病の実態

① 被告ら会社における製造工程の大半はベルトコンベアによる流れ作業であるが、この作業には、次のような特徴がある。

(イ) 単純作業の反復

作業能率を最大限に上げるために各分担作業は極端に細分化され、各人はビス止め、ハンダ付、部品挿入、配線点検などの単純作業だけを一日中反復して行う。

(ロ) 身体への大きな負担

右の単純作業は、大体はいすに座った姿勢で、ベルトコンベアに腕をつき出した状態あるいはベルトコンベアから一たん自己の作業台の上に労働対象である品物を移した状態で、腕を中空に保持しながら、手指ないし腕を動かして行う。その一回あたりの労働量自体はさほど大きくないとしても、こうした静的筋作業の高速での反復は、大きな疲労を生じさせる。また、品物をベルトコンベアから作業台に移して作業をする場合には、例えばカラーテレビのシャーシ検査作業であれば、約五キログラムのシャーシを腕でもちあげて運ばなければならないため、その動作の反復による肩などへの負担は重いものがある。

(ハ) 「ソニースタンダードタイム」の設定

前記(ⅲ)の②記載のとおり、被告ら会社は、「ソニースタンダードタイム」の名の下に、労働の対象である製品一台あたりの標準労働時間を定めている。所定時間内に作業を行わないと、品物が未処理のままたまってしまい、次の工程にも支障が生ずるので、労働者は注意力を集中して敏速に作業をせざるをえない。

(ニ) 休憩時間の極限までの短縮化

昭和四八年六月から隔週五日制が実施され、一日につき三〇分間労働時間が延長されたが、その前後を通じて、休憩時間は、午前一二時からの五〇分間の昼休み以外は、午前一〇時からの七分間、午後三時からの一〇分間だけである。それ以外はベルトコンベアが動いているので、作業の場を離れることは許されない。したがって休憩時間はほとんど便所への往復及び用便をする時間に費され、体を休める余裕はない。

(ホ) 精神的緊張の継続

右の単純作業は、す早く正確に行わなければならないため、労働者は極度に注意を集中しなければならず、それによる神経疲労は大きい。また、ラインのリーダーなどがストップウォッチで作業時間を計る(とくに新機種の場合には毎日である)など背後から作業を監視されることが少なくなく、このことは労働者の精神的負担を増大している。

(ヘ) 劣悪な作業環境

製造工場の作業環境は劣悪である。ことに、ベルトコンベアの作動、ビス止め作業で使用する工具、エア・ドライバー等による騒音及びハンダ付作業においてハンダがとけるときに出る煙・臭気などによる空気の汚れは、労働者の神経を刺激している。

これらの騒音や空気の汚れに対しては、あるアンケート調査によると同作業担当の労働者の三分の二を超える人が気になる旨の回答を寄せている。

② 被告ら会社においてベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者には、右①記載の各事実が原因となって職業病が多発している。被告ら会社の芝浦工場ステレオ事業部のある製造ラインでの調査によると、昭和四九年春当時で、四割前後の人が頸肩腕症候群・背腰痛症・肩こりなどによって通院治療をうけている患者であったし、本社圏においてはベルトコンベアによる流れ作業に従事している三一人の労働者が労働基準監督署より業務上疾病の認定をうけている。

③ 右のことはベルトコンベアによる流れ作業に従事している労働者だけでなく、事務労働者についても同様であり、主に伝票複写の作業担当者を中心に業務上認定患者が五人発生している他多数の潜在患者が存在している。また被告ソニーマグネプロダクツにおいても二人の認定患者がでている。

④ これに対して被告ら会社は健康管理室を設け、時間内通院を認めるということをえさに社外医から社内医にかえることを労働者に勧めている。そのため社内の診療室は患者であふれ、診療時間の延長や超短波治療機器の増設を行っている。その社内医の診断によれば、同一作業で同様な症状を訴えている患者たちのほとんどが個人の体質の問題あるいは作業不慣れによる筋肉痛などとされてしまっている。このように、被告ら会社は非人間的な作業の継続による疲労蓄積のために多くの労働者の健康が破壊されていることを認めず、その責任をとろうとしていない。逆に被告ら会社は患者を配転して原因をうやむやにし、低劣有害な労働条件のまま新しい労働者を補充しているのである。

(四) 労働協約により組合員たる個々の労働者の労働条件を切り下げることは、次の理由により許されない。

(1) 日本の労働組合法は超企業的横断的な労働協約も企業別の労働協約も区別せずに一般的に規定している。したがって学説が企業別の労働協約のみを念頭に置いていう労働協約の両面的強行性は、法の意図するところではない。

(2) 労働組合や労働協約は個々の労働者の労働条件の維持改善を図るための手段であるから労働協約に労働条件切り下げの効力を認めることはその目的に反する。

(3) 現在の労使協調的な労働組合の実態をみれば、労働協約による労働条件の切り下げを無制限に許容することは個別労働者の地位を著しく不安定にすることになる。

よって、ソニー東京労働組合が本件規則変更と同じ内容の労働協約を被告ソニーと締結したからといって、同組合の組合員たる選定者らが褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を失ったということはできない。

(五) 被告ら会社において、同会社が五労組と合意し、労働協約を締結した事項については全従業員に適用するとの慣行は前記(三)の(5)記載のとおり存在していない。

仮に右の慣行があるとしても、労働者が明示の反対の意思表示をしているにもかかわらず労働条件を強制的に切り下げることはできない。

よって、被告ら会社が五労組との間で本件規則変更と同じ内容の労働協約を締結し、そのうえで本件規則変更を行ったからといって、明示の反対の意思表示をしている非組合員たる選定者らが右の地位を失ったということはできない。

(六) 選定者らが昭和四九年一一月一〇日(ただし、別紙選定者目録(一)の231ないし235、245、246、別紙選定者目録(三)の21の各選定者については同月四日、別紙選定者目録(四)の選定者らについては昭和五〇年一月二〇日、以下「昭和四九年一一月一〇日等」という。)当時保有していた褒賞を上限なく保有しうる地位は、選定者らに既に発生している権利であり、本件規則変更によって失わせることはできない。

五  被告の再反論

1  (三)の(1)について

(一) (ⅱ)の①について

原告らは、売上高経常利益率一〇パーセントというのは他社と比べてきわめて高率であり、これを割ると大変危険な事態を招くというのは短絡的すぎると主張している。しかし、会社の収益構造は、会社が資本調達を行うにあたり重大な要因となるものであり、安定的な企業経営を続けていくための指針となるものであるから、会社が独自に設定するものであって、これを維持するために従業員が他社よりも悪い労働条件で働かせているならばともかく、被告ら会社ではそういうことはないのであるから、他社との比較で高い低いを論じることはできない。

(二) (ⅱ)の②について

原告らは、被告ら会社の売上高経常利益率は、昭和五〇年に一〇パーセントを割ったほかは一貫して一〇パーセント以上であるから、被告ら会社の売上高経常利益率に関する予測は誤まっていたと主張している。しかし、被告ら会社の右の売上高経常利益率は、業績が悪化するとの見通しの下にあらゆる面で諸方策を講じた結果何とか達成できたものであり、予測が誤まっていたということはできない。また、被告ら会社の昭和四九年から昭和五四年までの六年間の利益率は、昭和四三年から昭和四八年までの六年間の利益率と比べて大巾に低下している。例えば、昭和四九年から昭和五四年までの六年間の総資本経常利益率は昭和四三年から昭和四八年までの六年間の総資本経常利益率の約七割にすぎない。しかもこの利益率の低下は、昭和四八年、昭和四九年のもうけすぎの反動といった単純な理由によるものではなく、日本経済あるいは世界経済全体の低成長期への移行、為替相場の変動による輸出環境の悪化等の構造的な要因によるものであった。

(三) (ⅲ)について

原告らは、昭和五〇年以降の実際の昇給率は、被告ら会社が予測した二〇パーセントとは程遠いものであったから、この予測は誤っていたと主張している。しかし、昭和四九年初めころのスタグフレーションの情況下においては、被告ら会社の予測は合理的なものであった。また、企業は、ある予測がたてられた場合には、それに対する経営上の方策を講じて企業の業績をより良くする努力を行うから、企業の経営行動いかんによって予測と異なる結果が生じるのは当然のことである。したがって、被告ら会社の右の予測が誤まっていたということはできない。また他方、褒賞の保留日数が毎年増えつづけていくことにより、昇給率にかかわりなく褒賞の保留残高の理論月収に対する割合は増えつづけていくのである(毎年一人あたり七・一一日の褒賞を保留すると仮定すると、褒賞の保留残高は、昭和五五年には理論月収の四〇パーセント、昭和五七年には理論月収の五〇パーセントにもなる)から、昇給率いかんにかかわらず被告ら会社にとって褒賞の負担は大きい。

(四) (ⅴ)の①について

原告らは、被告ら会社の経常利益率は他社と比べてきわめて高いと主張している。しかし、原告らは、被告ら会社の経常利益率を他社と比較するにあたって、ある時点での数値を他社と比較する動態的な方法のみを用い、一定期間の経常利益率の動向に着目する動態的な方法を用いていない。この動態的な方法を用い、被告ソニーの総資本経常利益率と通信用・家庭用電気機器会社の総資本経常利益率の平均値とを比較すると次のとおりになる。

したがって、被告ソニーの総資本経常利益率は同業他社に比べて急速に低下しているということができる。

(五) (ⅴ)の②について

原告らは、被告ら会社の総資本経常利益率をGE、ウェスティング・ハウス、ジーメンスの各社と比較している。しかし、これらの会社は、いずれも発電機、原子力関係、エレベーター等を扱う重電機メーカーであり、家電メーカーである被告ら会社と比較する意味はほとんどない。被告ら会社と比較的業務内容が似ているRCA、ゼニス、モトローラの各社と被告ソニーとの総資本利益率(税引後)を比較すると次のとおりになる。

(昭和四八年四月期) (昭和四九年四月期) (増減)

被告ソニー 一八・〇四% 一三・四五% 四・五九%悪化

右平均値 九・五四% 七・三二% 二・二二%悪化

(昭和四七年四月期) (昭和四九年四月期) (増減)

被告ソニー 一八・四一% 一三・四五% 四・九六%悪化

右平均値 八・九七% 七・三二% 一・六五%悪化

(昭和四五年) (昭和四八年) (増減)

被告ソニー 一一・三七% 九・八八% 一・四九%悪化

RCA 三・七四% 五・七一% 一・九七%改善

ゼニス 七・三九% 一一・八二% 四・四三%改善

モトローラ 四・四八% 九・二七% 四・七九%改善

したがって、被告ソニーの利益率は必ずしも高くなく、更にその動向に着目するならば決して楽観できなかったということができる。

2  (三)の(2)の(ⅱ)について

原告らは、被告ら会社の労働分配率は他社に比べて低いと主張している。しかし、

(一) 労働分配率は、人件費を付加価値額で除したものであるから、自分のところで作る比率が高くなれば、人件費が上がり労働分配率も上がるが、外注加工が多くなれば、人件費が下がり、労働分配率も下がる。外注加工の比率は企業により全く異なるから、労働分配率を他社と比較しても意味がない。

(二) 被告ソニーは、昭和四六年五月に、それまで主力生産工場であった仙台、稲沢、一宮の各工場を別会社として独立させた。そのため、右の各工場の人件費が被告ソニーの人件費に算入されなくなった。その結果、被告ソニーの労働分配率は大巾に低下し、低くなった。

(三) 被告ソニーの労働分配率の推移は次のとおりであり、昭和四九年を境に大巾に上昇している。

(昭和四七年) (昭和四八年) (昭和四九年) (昭和五〇年) (昭和五一年)

三六・四% 三五・九% 四一・六% 四九・七% 四二・二%

3  (三)の(8)について

(一) (ⅰ)について

原告らは、被告ら会社の退職金と他社の退職金を月数のみで比較し、被告ら会社の退職金は低いと主張している。しかし、退職金の算定の基礎となる賃金項目は各社で異なっているから、これを考えずに月数だけで単純に比較することは不当である。被告ら会社においては、退職金算定の基礎となる賃金は、月々決まって支払われる賃金の約九〇パーセントにあたっており、月数が三七か月であっても被告ら会社の退職金が他社より見劣りすることはない。

(二) (ⅲ)について

原告らは、被告ら会社においては始業時刻と同時に直ちに作業に入らなければならないと主張しているが、被告ら会社は、始業時刻に会社の玄関を入れば遅刻とはならない取扱いを行っており、始業時刻になってもロッカー室の中やエレベーターのまわりに多くの者がいるのが実情である。

(三) (ⅵ)について

被告ら会社が組合の住宅貸付金の増額要求に要求どおりこたえられないのは、一企業として営業活動を営んでいる以上無制限に無条件で貸し付けるわけにいかないからであり、褒賞が保留できるからではない。

(四) (ⅶ)について

現在、被告ら会社において、三〇数名の者が頸肩腕関係の症状により労災保険の給付を受けているが、被告ら会社において、この症状がみられ始めたのは昭和四五年ころで、他社よりも遅い。また、この症状の原因は、はっきりしておらず、家庭の主婦や軽度の事務作業者にも発症しており、被告ら会社の労働強化により発症したとの原告らの主張は失当である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  請求原因1(当事者)及び同2の(一)(褒賞制度の存在)の各事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、選定者らが、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を有していたかどうかについて判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 褒賞制度の沿革について

(ⅰ) 被告ら会社の前身である東京通信工業株式会社は、昭和二二年に創立された。当時は食糧難であったので、同社では、創立後間もないころから従業員に米雑穀、生鮮食料品等の買出しのための有給休暇を与えていた。これが褒賞制度の始まりである。

(ⅱ) その後、従業員の間から右休暇を買い上げてほしいという声があらわれてきたので、同社では、昭和二四、五年ころから右休暇を買い上げることにし、従業員の選択に応じて比較的自由に買い上げていた。

(ⅲ) 同社は、昭和三一年に、東京通信工業労働組合と労働協約を締結し、これに基づいて就業規則及び給与規則を改正し、その際、給与規則二二条一項に次のような規定を置いた。

「従業員が三ヶ月間又は一ヶ月間精勤し、勤怠の事故が無かった場合(以下精勤という)には、会社は、夫々下記の日数に相当する褒賞を行い、その範囲内で希望する日数の褒賞休暇又は褒賞金を支給する。

三ヶ月間精勤  三日

一ヶ年間精勤 一〇日

但し褒賞金の場合の一日分は

(第二超過勤務手当一時間分相当額)

×八

とする。」

(ⅳ) 右規定は、その後、褒賞金の一日分の算式及び褒賞の発生日数についての変更を経て、現在の賃金規則一八条一項(被告ソニーマグネプロダクツは給与規則二〇条一項)となった。

(ⅴ) 一方、被告ら会社(東京通信工業株式会社)は、右規定を置いたのちも、従業員の選択に応じて比較的自由に褒賞を褒賞金として精算していた。しかし、その後、原則として発生時及び退職時のみに褒賞を褒賞金として精算することにするなど精算の要件を労働組合との交渉を経ることなく一方的に何度か変更した。

(ⅵ) しかし、被告ら会社(東京通信工業株式会社)は、以上の期間を通じて、就業規則又は賃金規則(給与規則)に褒賞の保有日数を制限する旨の規定を設けたことはなかったし、また実際に褒賞の保有日数を制限したこともなかった。その結果、従業員は、褒賞を日数の制限なく保有し、これを休暇として使用し又はその時々の要件に従い褒賞金として精算してきた。

(2) 褒賞の保有状況について

昭和四九年三月一五日現在の褒賞の保有状況は、被告ソニーにおいては、総保有日数三九万四五二五日、一人あたりの保有日数約三九日、被告ソニーマグネプロダクツにおいては、総保有日数二万五一〇六日、一人あたりの保有日数約三二日であった。また、従業員の中には、褒賞を一〇〇日以上も保有している者もあった。

(3) 新しく入社した従業員に対する説明について

昭和三二年から昭和四八年までの間、毎年入社式のあとの説明会や新入社員研修などの際に、被告ら会社(東京通信工業株式会社)の勤労部員などが、新しく入社した従業員に対し、褒賞制度について説明を行った。その際、勤労部員などは、褒賞の発生要件や発生日数ばかりでなく、「年次有給休暇は二年で時効にかかるが、これとは異なり褒賞はいつまでも保有しておくことができる。」「褒賞は何日でも保有しておくことができる。」などの説明も行った。

(4) 労働組合からの要求に対する被告ら会社の対応について

被告ら会社は、労働組合からの退職金や住宅貸付金の増加要求を拒否するに際して、褒賞はいつまでも保有することができるからこれを貯めておいて清算すればかなり多額になるということを拒否の一つの理由にしたことがあった。

(5) 住宅貸付金の審査について

被告ら会社には、会社が、従業員に対し、住宅資金を低利で融資する住宅貸付金制度がある。被告ら会社は、この貸付を行う際には、従業員に対し自己資金の状況を住宅貸付金審査シートに記載して申告させているが、この審査シートには、褒賞休暇の保有日数を記載する欄があり、被告ら会社は、かなり多数の褒賞がこの欄に記載されることを予定していた。

(二)  以上の事実によると、(1)被告ら会社(東京通信工業株式会社)は、昭和二二年ころから一貫して就業規則等に褒賞の保有日数を制限する旨の規定を設けたことはなかったし、実際に褒賞の保有日数を制限したこともなかった、(2)その結果、従業員は、褒賞を日数の制限なく保有し、これを休暇として使用し又はその時々の要件に従い褒賞金として精算してきた(昭和四九年三月一五日現在の従業員一人あたりの褒賞の保有日数は三〇日を超えていた)、(3)被告ら会社(東京通信工業株式会社)は、新しく入社した従業員に対して褒賞制度について説明する際や労働組合からの要求を拒否する際に、褒賞を日数の制限なく保有しうる旨の発言を行っていた、(4)被告ら会社は、住宅貸付金制度を運用するにあたって、褒賞を日数の制限なく保有しうることを前提としていた、と認められる。原告らは、被告ら会社が新しく入社した従業員に対し、褒賞を上限なく保有することができる旨の説明を行い従業員がこれを了承していた事実をもって、明示の意思表示に基づき労働契約の内容となっていたものである旨主張するが、右事実は会社による褒賞制度の一方的な説明と従業員によるその了知というべきであり、右事実のみをもってしては、被告ら会社の従業員が褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることが、明示の意思表示に基づき個別的な労働契約の内容となっていたとまで解することはできない。また、前記の事実を総合しても、被告ら会社の従業員が、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることが、明示の意思表示に基づき個別的な労働契約の内容となっていたとまで認めることはできない。しかしながら、前記認定の事実によれば、長期間にわたり、被告ら会社は、従業員一般又は労働組合に対し、従業員が褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうることを前提とした種々の言動を行い、また、従業員一般に対し、褒賞について右のごとき取扱いを継続してきており、従業員一般も右取扱いを是認してきたのであるから、右取扱いは、従業員一般に対する一種の規範として制度的に就業規則の定めのない部分を補足し規律する役割をはたす労働慣行を形成し、従業員は右の労働慣行上、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を認められ、これを有していたものと解するのが相当であり(右労働慣行は、従業員一般に対する一種の規範として労働条件を規律していたにすぎないものと解されるので、右地位は、黙示的にも個別的な労働契約の内容にはなっていなかったものというべきである。)、選定者らも、従業員の一員として、右地位を有していたものと認められる。

3  請求原因3の(一)(本件規則変更)及び同(二)(被告ら会社が、本件規則変更により、選定者らには褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位はなく、年間発生日数(一九日)を超える褒賞については毎年三月一五日限り褒賞金として精算される旨主張していること)は当事者間に争いがない。

二  抗弁1について

1  そこで、本件規則変更の効力が選定者らに及ぶかどうかについて判断する。

(一)  使用者は、就業規則の変更によって、労働者の既得の権利・利益を奪い、或いは労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該変更が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと解すべきである。そして右の合理性を考えるにあたっては、労働者が就業規則変更前に享受していた権利・利益の性質及びその内容、就業規則変更の必要性、変更内容、変更により労働者の被る不利益の程度、規則変更前の制度それ自体の合理性、不利益変更に伴う見返り措置の有無及びその内容、変更に至るまでの使用者と労働者との交渉の経緯等諸般の事情を総合考慮すべきである。そこで、以下、右諸般の事情について考察する。

(二)  本件規則変更に至る経緯

(1) 抗弁1の事実のうち、(一)(本件規則変更の手続)、(二)の(5)の(ⅰ)(被告ら会社における労働組合の組織実態)、(ⅱ)(労働組合との交渉の経緯)の①のうち、被告ら会社は、昭和四九年四月八日、五労組及びソニー労組に対し、昭和四九年の賃上げについて、平均二万八三四円、理論月収比三〇パーセントの有額回答を示すとともに、(イ)昭和四九年三月一六日現在各人が保有している褒賞を昭和五〇年三月一五日までに精算すること、(ロ)昭和四九年四月一五日以降新規発生する褒賞については、一〇日を保留限度とし、一〇日を越えるものはその都度精算することの二点を褒賞の取扱い変更として申し入れたこと、(ⅱ)の②及び③、(ⅱ)の④のうち、ソニー労組は、褒賞の取扱い変更に関する会社提案に終始反対したこと、被告ら会社は、ソニー労組に対しても団体交渉を通じて取扱い変更の必要性を述べ、同年四月二四日、同年五月七日には五労組に対すると同内容の回答を提示して説得に努めたが、会社提案に合意するには至らなかったこと、(ⅱ)の⑥のうち、議事確認書の文言は、「褒賞の取扱変更に関し、組合は『会社の提示案では納得できないので、賃上問題とは別に考える』と述べた。会社『今回の賃上げおよびその他の労働条件の改善に際しては、褒賞の運用変更に伴う措置についても充分考慮しており、褒賞問題のみを切離して賃上げその他の労働条件の改善のみを実施することはできない。賃上げと同時に実施する』と述べた。」となったこと、被告ら会社は、ソニー労組との間で、五労組との協定と同内容の、基準内賃金比平均三六・五パーセントの賃上げ、年次有給休暇の増加、交替勤務手当の増額等を内容とする協定を締結したこと、(ⅱ)の⑦のうち、被告ら会社は、本件規則変更について、五労組とは合意に達し、労働協約を締結したこと、ソニー労組とは労働協約締結に至らなかったこと、(二)の(6)のうち、被告ら会社は、五労組と本件規則変更について合意し、労働協約を締結したこと、(二)の(7)(本件規則変更にあたっての見返り措置)、(二)の(8)の(ⅰ)(被告ら会社と本件規則変更について合意している五労組の組織率)及び(ⅱ)(被告ら会社のうち、被告ソニーの本社圏及び被告ソニーマグネプロダクツにおいて、従業員に本件規則変更についての署名を求めたところ、いずれの事業所においても、署名をしなかった者を含めた全従業員の過半数の署名が集まったこと)は、いずれも当事者間に争いがない。

(2) 右争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(被告ら会社が本件規則変更を決定するまでの経緯)

(ⅰ) 被告ソニーは、昭和四五年一〇月、ニューヨーク証券取引所に株式を上場した。そのために同社はプライスウォーターハウス会計事務所の監査を受けることになったが、同事務所は、褒賞債務が退職給与引当金の約半分にも達しているので、褒賞債務についても引当金を計上する必要がある旨指摘した。そこで、被告ら会社では、昭和四七年の四月期(当時、被告ら会社では前年の一一月一日から当年の四月三〇日までを四月期、五月一日から一〇月三〇日までを一〇月期と称していた。)から褒賞債務についても引当金を計上するようになった。被告ら会社は、このことを契機に褒賞債務残高が多額(当時の残高は約一三億円)になっていることを知り、将来褒賞債務残高について何らかの形で抑制措置をとる必要があると考えるようになった。

(ⅱ) 昭和四六年に円の切り上げが行われ、一ドルは三六〇円から三〇八円になった。被告ら会社は、売上げの半分以上が輸出によるものであったので、円の切上げの影響を受けたが、その後好況が続いたため、業績が悪化することはなかった。しかし、昭和四八年一〇月のアラブ石油輸出国機構(OAPEC)の石油減産決定をきっかけに日本経済がスタグフレーションに陥る(いわゆる石油危機)と被告ら会社の業績は悪化した。

なお、日本経済は、石油危機を境に、高度成長から低成長への転換を余儀なくされることが予測された。

(ⅲ) 被告ソニーは、昭和四九年二月、同年四月期の業績予測を行ったところ、その結果は次のとおりであった。

① 昭和四八年一〇月期に比べて、次のような要因により次のとおり経常利益が減少する。

(イ) 材料価格の上昇(平均一〇・二パーセント) 約六五億円

(ロ) 人件費及び経費の増加(昭和四九年四月の昇給率は三〇パーセントを超える。) 約四八億円

(ハ) 販売変動費(販売促進費、手数料等)の増加 約七億円

(ニ) 総額 約一二〇億円

② そこで、次のような対策を講じて次のとおり経常利益の増加を図る。

(イ) 国内向け商品の価格引上げ(昭和四九年一月二一日以降) 約三一億円

(ロ) 輸出向け商品の価格引上げ(昭和四九年二月以降) 約一九億円

(ハ) 売上増加に伴う利益の増加 約二〇億円

(ニ) 総額 約七〇億円

③ また、外国為替相場が円安傾向にあることにより約三四億円の利益が生じる。

④ したがって、昭和四九年四月期は、昭和四八年一〇月期に比べて経常利益が約一六億円減少し、二〇二億円から一八六億円になる。売上高経常利益率は約一四・四パーセントから約一二・一パーセントになる。

(ⅳ) 被告ソニーは、昭和四九年二月、更に同年一〇月期の業績予測も行ったところ、その結果は次のとおりであった。

① 昭和四九年四月期に比べて、次のような要因により次のとおり経常利益が減少する。

(イ) 材料価格の上昇(平均八・六パーセント) 約七〇億円

(ロ) 商品仕入価格の上昇(平均一三・五パーセント) 約一六億円

(ハ) 人件費及び経費の増加 約二六億円

(ニ) 宣伝費、販売促進費等の増加 約二四億円

(ホ) 支払利息等の増加 約二二億円

(ヘ) その他 約九億円

(ト) 総額 約一六七億円

② そこで、次のような対策を講じて次のとおり経常利益の増加を図る。

(イ) 国内向け商品価格の引上げ(平均五・六パーセント) 約四八億円

(ロ) 輸出向け商品価格の引上げ(平均七・一パーセント) 約五〇億円

(ハ) 生産性の向上 約一六億円

(ニ) 総額 約一一四億円

③ したがって、昭和四九年一〇月期は、同年四月期に比べて経常利益が約五三億円減少し、一八六億円から一三三億円になる。売上高経常利益率は約一二・一パーセントから約八・一パーセントになる。

(ⅴ) また、被告ソニーは、昭和四九年二月、昭和五〇年及び昭和五一年の各一〇月期の業績予測も行ったが、昭和五一年一〇月期の業績予測は次のとおりであった。

① 昭和四八年一〇月期に比べて次のとおり経常利益が減少する。

(イ) 売上高

売上高総額は、約二〇四六億円であり、昭和四八年一〇月期に比べて約六四八億円増加する。

(ロ) 売上原価

売上原価総額は、約一九七二億円であり、昭和四八年一〇月期に比べて約九六〇億円増加する。売上原価を構成する各要素ごとに増加額をみると次のとおりになる。

(a) 素材価格の上昇(年率九・六パーセント)及び素材の数量の増加 約二四〇億円

(b) 外部購入付加価値(材料価格に含まれている加工費及び外注加工費)の増加 約四七八億円

(c) 人件費の増加(賃金の上昇は年率一八・二パーセント) 約一四九億円

(d) 経費の増加 約九三億円

(ハ) 一般管理費

一般管理費は、約三二三億円であり、昭和四八年一〇月期に比べて約一三九億円増加する。一般管理費を構成する各要素ごとに増加額をみると次のとおりになる。

(a) 人件費の増加(賃金の上昇は年率一八・二パーセント) 約二二億円

(b) 金利その他の増加 約一一七億円

(ニ) したがって、昭和五一年一〇月期は、昭和四八年一〇月期に比べて経常利益が約四五一億円減少する。

② そこで、次のような対策を講じて次のとおり経常利益の増加を図る。

(イ) 商品価格の引上げ(年率五パーセント) 約一三三億円

(ロ) 外部購入付加価値の節減(年率五パーセント) 約八五億円

(ハ) 生産性の向上(年率一〇パーセント) 約九〇億円

(ニ) 変動費率の改善(年率五パーセント) 約一〇〇億円

(ホ) 総額 約四〇八億円

③ 以上の対策が効果的に行われても、昭和五一年一〇月期の経常利益は、昭和四八年一〇月期に比べて約四三億円減少し、二〇二億円から一五九億円になる。売上高経常利益率は、約一二・一パーセントから約七・八パーセントになる。

(ⅵ) 被告ソニーマグネプロダクツにおいても、被告ソニーと同様に、業績が悪化し、売上高経常利益率が低下すると予測された。

(ⅶ) ところで、企業が競争に打ち勝つためには、既存商品の販売を拡大するとともに新商品を開発し販売していかなければならない。これらを担保するものは、企業の資本調達力であるが、この資本の調達には、企業内部からと企業外部からの二つの方法がある。企業内部からのものは、企業が活動して得た利益によるものであり、企業外部からのものは、株主出資と長期借入金である。企業内部からの調達はもとより、企業外部からの調達も、売上高経常利益率の高さに左右され、売上高経常利益率が高いと資本調達力は強くなるが、売上高経常利益率が低いと資本調達力は弱くなる。したがって、右(ⅲ)ないし(ⅵ)のような売上高経常利益率の低下は、資本調達力の低下を招き、被告ら会社の経営に悪影響を及ぼすことになる。

(ⅷ) そこで、被告ら会社では、あらゆる部門で売上高経常利益率を改善するための措置をとった。人事に関する分野では、新規採用の削減(被告ソニーの昭和四七年一一月から昭和四八年一〇月までの新規採用者数は一七九〇人であったが、昭和四八年一一月から昭和四九年一〇月までの新規採用者数は六〇七人、昭和四九年一一月から昭和五〇年一〇月までの新規採用者数は二〇五人であった。)、残業規制等の措置をとった。

(ⅸ) 一方、昭和四九年度の昇給に関し、総評系の春闘共闘委員会は、三万円以上、三〇パーセント以上、同盟は、二万五〇〇〇円以上、三〇パーセント程度との要求を行っていた。また、昭和四九年の消費者物価は対前年比二〇パーセントを超える状況にあった。そこで、被告ら会社は、同年度の昇給は、三〇パーセント以上とならざるをえないと考えた。

被告ソニーでは、このような三〇パーセントを超える昇給があった場合の褒賞債務残高の予測を行った結果、昭和四九年三月一五日の時点においては、約一七億九三〇〇万円であった褒賞債務残高は、昇給後の昭和五〇年三月一五日には、約二七億一六〇〇万円になることが判明した。更に、被告ソニーは、昭和五〇年以降の褒賞債務残高の予測も行った結果、別表(五)記載のとおり予測された。これによると、褒賞債務残高は、昭和五七年三月一五日には、昇給率を年二〇パーセントと仮定した場合には、一九三億九五〇〇万円、年一〇パーセントと仮定した場合には、一〇五億五〇〇〇万円にそれぞれ達し、また、これらの金額は、理論月収総額の約五〇パーセントにあたると予測された。

被告ソニーマグネプロダクツにおいても、被告ソニーと同様に褒賞債務残高が増加すると予測された。

(ⅹ) 褒賞債務残高の右のような増加は、人件費の増大をもたらし、利益を減少させることになるので、被告ら会社は、前記(ⅶ)の売上高経常利益率を改善するための措置の一環として、褒賞の保有日数を制限することにより褒賞債務残高の増加を抑制することにした。

(被告ら会社と各労働組合との交渉)

(ⅹⅰ) 被告ら会社は、昭和四九年四月八日、ソニー労組及び五労組(被告ら会社には、ソニー労組、ソニー新労働組合(昭和五〇年一〇月にソニー東京労働組合と改称)、ソニー厚木労働組合、ソニー仙台労働組合がある。また、被告ソニーの工場が独立してできたソニー一宮株式会社にはソニー一宮労働組合が、同様にしてできたソニー稲沢株式会社にはソニー稲沢労働組合がそれぞれある。右のソニー労組を除く五つの労働組合は、各労働組合の執行委員からなる中央執行委員会を設けて共同闘争体制を組んでおり、「五労組」と呼ばれている。)から同年三月二〇日付で出された賃金引上げ要求に対して、次のような内容の回答を行った。

① 平均二万八三四円、三〇パーセントの賃金引上げを行う。

② このような超高額の賃金引上げを行う前提として、褒賞の取扱いを次のとおり改める。

(イ) 昭和四九年三月一六日現在、各人が保有している褒賞を昭和五〇年三月一五日までに精算する。

(ロ) 褒賞の発生、精算、使用方法は現行通りとするが、保留分の最高限度は一〇日とし、それを超える日数はその都度精算するものとし、昭和四九年四月一五日より実施する。

(ⅹⅱ) ソニー労組及び五労組は、右の褒賞の保有日数を制限する旨の提案に反対した。被告ら会社とソニー労組及び五労組との間で何度か団体交渉が行われたが、合意には至らなかった。そこで、被告ら会社は、昭和四九年四月一七日ころ、ソニー労組及び五労組に対し、① 入社後間もない休暇の少ない人のために二年目の年次有給休暇の発生について考慮する、② 褒賞の保留限度日数について不慮の事故などのために若干の増加を考える、③ これまで保留することによって得られた昇給の利点についても考慮する余地はある、との提案を行い、譲歩する意向のあることを示した。

(ⅹⅲ) これに対し、ソニー労組は、褒賞の保有日数の制限に反対するとの態度を変えなかった。しかし、五労組は、条件次第では褒賞の保有日数の制限もやむをえないとの態度をとるようになり、① 賃金引上げ率を三パーセント高くすること、② 年次有給休暇の日数を増加すること、③ 褒賞の保留限度日数を増加することなどを褒賞の保有日数制限の条件とすることに決定した。

(ⅹⅳ) そこで、被告ら会社は、昭和四九年四月二四日に、ソニー労組及び五労組に対し、① 平均二万六六二四円、三八・四パーセントの賃金引上げ(住宅手当の変更を含む。)【を行う、② 年次有給休暇の日数を一日増加する(ただし、入社二年目については七日増加する。)、③ 交替勤務手当を増額する、④ 褒賞の保留限度日数を一九日とする、との内容の再回答を行った。

(ⅹⅴ) これに対し、ソニー労組は褒賞の保有日数の制限に反対するとの態度を変えなかった。五労組は、賃金の引上げ額を更に多くすることを要求した。そこで、被告ら会社は、昭和四九年五月七日、ソニー労組及び五労組に対し、平均二万七〇二四円、三八・九パーセントの賃金引上げを行う旨の第三次回答を行った。

(ⅹⅵ) 五労組は、昭和四九年五月八日、褒賞の保有日数を制限することをも含めて被告ら会社の回答に同意した。そして、被告ら会社と五労組とは、同月一三日、右合意事項を内容とする協定書及び議事確認書を取り交わした。褒賞に関しては、議事確認書の中で、「褒賞の発生、精算、使用方法は現行通りとするが保留できる最高限度を年間発生日数とする。それを超える日数は毎年三月一五日迄に精算するものとし昭和四九年四月一五日より実施する。」と定めた。

(ⅹⅶ) ソニー労組は、被告会社の第三次回答ののちも褒賞の保有日数の制限に反対するとの態度を変えなかったが、同労組の書記長であった前田波雄は、昭和四九年五月一二日ころ、被告ソニーの勤労部労務係長であった宮地尚司に対し、確認団交(被告ら会社では、協定を締結することを前提にそれまで行ってきた団体交渉の内容を最終的に確認するための団体交渉をこのように呼んでいた。)を行いたい旨の申入れを行った。これに対し、宮地尚司は、確認団交を行ってもよいが、被告ら会社は、褒賞の問題を除いて協定を締結する意思はないと述べた。すると前田波雄は、褒賞の問題については私の一存で決められないので確認団交の中で被告ら会社の方から褒賞の問題を除いて協定を締結する意思はないとはっきり言ってほしいと述ベた。

(ⅹⅷ) 昭和四九年五月一三日、被告ら会社とソニー労組との間で確認団交が行われた。この席上、ソニー労組は、褒賞の保有日数を制限する旨の被告ら会社の提案を白紙撤回してほしいなどと述べた。これに対し、被告ら会社は、右提案を白紙撤回することはできない、褒賞の問題を賃金引上げと切り離すことはできないなどと述べ、褒賞の問題に関しては、両者は合意に至らなかった。

(ⅹⅸ) ソニー労組の中央闘争委員会は、昭和四九年五月一四日、同組合員に対し、「ソニー労組の要求と会社回答の関係では不満は残しつつも集約はやむをえないと判断する。最後に残された『褒賞』問題については、会社は『春闘回答とセットである。』として頑迷に固執している。このような問題をセットとして押しつけられることは絶対容認できない。しかし春闘としては妥結すべき時期に来ているとの判断から、ソニー労組としては、いったん闘争を打ち切り今後の『褒賞』問題に対する方針は別途立てて取り組むべきだと考える。」との理由により春闘の集約を提案した。

(ⅹⅹ) 一方、昭和四九年五月一四日ころから被告ら会社とソニー労組との間で議事確認書の作成を開始した。被告ら会社は、当初、ソニー労組に対して、五労組との間で取り交わしたものと同じ内容の議事確認書を取り交わすことを求めた。しかし、ソニー労組は、褒賞に関しては、これを拒否した。そこで、被告ら会社は、「会社は、『今回の賃上げおよびその他の労働条件の改善に際しては、褒賞の運用変更に伴う措置についても充分考慮しており、褒賞問題のみを切り離して賃上げその他の労働条件の改善のみを実施することはできない。賃上げと同時に実施する』と述べた。」との文言ではどうかと提案した。これに対し、ソニー労組は、「組合は『会社の提示案では納得できないので賃上げ問題とは別に考える』と述べた。」との文言も入れてほしいと述べた。被告ら会社は、このように双方の主張を併記するのでは議事確認書を取り交わす意味がないと考え、議事確認書を取り交わすことをやめることも検討した。しかし、被告ら会社は、すでに交渉が長期間にわたっていたことなどから、双方の主張を併記した議事確認書を取り交わすことにした。昭和四九年五月一六日、被告ら会社とソニー労組は議事確認書を取り交わした。この議事確認書の褒賞に関する部分は、右のとおり双方の主張を併記した内容であった。この席上、被告ら会社は、褒賞の保有日数の制限は実施する旨述べた。また、同日、被告ら会社とソニー労組は、平均三八・九パーセントの賃金引上げを行うこと、交替勤務手当を増額すること、年次有給休暇の日数を一日増加すること等を内容とする協定書を取り交わした。

(ⅹⅹⅰ) 被告ら会社は、右のとおり各労働組合と合意した事項のうち、平均三八・九パーセントの賃金引上げ及び交替勤務手当の増額については昭和四九年四月分の賃金にさかのぼって、年次有給休暇の日数の増加については同年五月一四日からそれぞれ全従業員に対し実施した。

なお、右の賃金引上げ率は、電機業界の他社の賃金引上げ率を二・五パーセントから三パーセント上回る同業界最高のものであった。

(ⅹⅹⅱ) その後、ソニー労組は、昭和四九年七月二七日、二八日の定期大会において「褒賞制度改悪に反対し白紙撤回を目指す闘い」を提案した。また、ソニー労組は、同年九月一八日付の同労組情宣部のビラで、秋闘と並行して褒賞制度の改悪に反対する闘いを行うことを明らかにし、同年一〇月には、団体交渉等において、被告ら会社に対し、褒賞の保有日数の制限には反対である旨の申入れを行った。

(褒賞の精算の状況)

(ⅹⅹⅲ) 昭和四九年五月以降、褒賞の精算を申し出る従業員が急増した。すなわち従業員が精算を申し出た褒賞の日数は、昭和四七年四月から昭和四九年四月までの間は、一か月平均約三三四三日であったが、昭和四九年五月には一万七六八七日、同年六月には七万九三五三日、同年七月には六万四九八五日、同年八月には三万四一九三日、同年九月には二万一七二四日、同年一〇月には一万八八二四日、同年一一月には一万二一四二日、同年一二月には八四〇六日となった。その結果、同年三月一五日の時点では、被告ソニーにおいては従業員一人平均三八・六日、被告ソニーマグネプロダクツにおいては従業員一人平均三二・二日の褒賞が保有されていたにもかかわらず、昭和五〇年三月一五日に保有限度日数(一九日)を超えるとの理由で被告ら会社が精算した褒賞の日数は、被告ソニーが従業員一人平均五・六九日、被告ソニーマグネプロダクツが従業員一人平均三・七六日であった。

(本件規則変更の手続)

(ⅹⅹⅳ) 被告ら会社は、次のような手続を経て本件規則変更を行った。

① 被告ソニーの本社圏について

被告ソニーは、昭和四九年一〇月一四日、ソニー新労働組合及びソニー労組品川支部に対し、書面をもって、年次有給休暇の日数の増加、住宅手当及び交替勤務手当の増額、褒賞の保有日数の制限等を内容とする就業規則、賃金規則等の改訂を行いたいので意見書を提出してほしい旨の申入れを行った。そして、被告ソニーは、同月一六日付の勤労部速報によって、従業員に対し、右の規則の改訂を行う旨伝えた。

被告ソニーの本社圏の各事業所においては、いずれの労働組合も従業員の過半数を組織していなかった(ソニー新労働組合の組織率は約三二パーセント、ソニー労組品川支部の組織率は約二パーセントであった。)ため、ソニー新労働組合が推薦母体となって各事業所ごとに意見を述べるための従業員代表を選出した。そして、それと同時に、同労働組合は、右の規則の改訂に賛成か反対かの署名を全従業員に対して求めた。その結果、いずれの事業所においても、署名をしなかった者をも含めた全従業員の半数を超える賛成署名を得た。そこで、各従業員代表が被告ソニーに対して意見書を提出した。中央研究所以外の事業所の従業員代表は、「今回の就業規則改訂に関して署名から全体的な意見を判断すると、過半数以上の従業員がほぼ満足したといえます。」との意見書を提出した。中央研究所の従業員代表は、「署名並びに意見調査から、当研究所の過半数以上の従業員が、改訂を、一部を除き、ほぼ満足であると受けとめていると判断されます。……『褒賞の運用に関する改訂』については、多くの従業員がこれを不満もしくは不賛成の意を示しております。」との意見書を提出した。

被告ソニーは、同年一一月一一日(中央研究所については同月二五日)、右の意見書を添付して所轄の労働基準監督署に就業規則等変更届を提出した。

なお、ソニー労組品川支部は、右の意見書を求める旨の書面をいったん受領したが、後に返却した。

② 被告ソニーの厚木工場について

被告ソニーは、昭和四九年九月二八日、ソニー厚木労働組合及びソニー労組厚木支部に対し、右①と同じ内容の規則の改訂を行いたいので意見書を提出してほしい旨の申入れを行った。そして、被告ソニーは、従業員の過半数を組織する(組織率は約七二パーセント)ソニー厚木労働組合から意見書の提出を受け、同年一一月五日、右の意見書を添付して所轄の労働基準監督署に就業規則等改定届を提出した。なお、ソニー労組厚木支部は意見書を提出しなかった。

③ 被告ソニーマグネプロダクツについて

被告ソニーマグネプロダクツは、昭和四九年一二月二四日、ソニー仙台労働組合及びソニー労組仙台支部に対し、右①と同じ内容の就業規則、給与規則等の改訂を行いたいので意見書を提出してほしい旨の申入れを行うとともに、従業員に対し、右の規則の改訂を行う旨伝えた。

被告ソニーマグネプロダクツには過半数の従業員を組織する労働組合がなかった(ソニー仙台労働組合の組織率は約二二パーセント、ソニー労組仙台支部の組織率は約六パーセントであった。)ため、ソニー仙台労働組合が意見を述べるための従業員代表を募った。そして従業員代表は右の規則の改訂に賛成か反対かの署名を求めた。その結果、署名をしなかった者をも含めた全従業員の半数を超える賛成署名を得た。そこで、従業員代表は右の規則の改訂に賛成する旨の意見書を被告ソニーマグネプロダクツに対して提出した。

被告ソニーマグネプロダクツは、昭和五〇年一月二一日、右の意見書を添付して所轄の労働基準監督署に就業規則等変更届を提出した。

なお、ソニー労組仙台支部からの意見書の提出はなかった。

(三)  被告ら会社の労働条件

《証拠省略》を総合すると、本件規則変更当時の被告ら会社の労働条件は次のとおりであったと認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 賃金

(ⅰ) 被告ら会社の昭和四八年度及び昭和四九年度の初任給の額は電気業界の他社と同額であった。

(ⅱ) 被告ら会社の昭和四八年度の賃金引上げ率は電機業界の最高水準にあった。また、被告ら会社の昭和四九年度の賃金引上げ率は、前記(二)記載のとおり褒賞の保有日数の制限に対する見返りという趣旨で、電機業界の他社の賃金引上げ率を二・五パーセントから三パーセント上回る同業界最高のものであった。

(ⅲ) 被告ら会社の夏季及び年末の一時金の額は電機業界の他社を大巾に上回っていた。昭和四八年度の年末一時金の額は、同業界の他社の多くが従業員一人平均約二三、四万円であったのに対し、被告ら会社は従業員一人平均約三四万円であった。

(ⅳ) 更に、被告ら会社の従業員は、休暇として使用しない褒賞を褒賞金として精算することができた(被告ソニーにおいては、昭和四八年度には、従業員一人あたり一六・四八日の褒賞が発生し、このうち休暇として使用されなかった日数は一〇・七五日であった。)。また、褒賞金は、本件規則変更後においても一九日を限度として賃金引上げにより増加した。

(2) 退職金

(ⅰ) 高等小学校卒、三〇年勤続、五五才の男子従業員が定年退職する場合の被告ら会社の退職金の額(被告ら会社には、右のような従業員はいなかったので推定額)は電機業界の標準的な金額であった(なお、賃金の何か月分という形で促えれば、右の場合の被告ら会社の退職金は、電機業界の他社より月数が少ないということができる。しかし、退職金の基礎となる賃金の額は各社で異なっているので、この点を考慮すれば、右の場合の被告ら会社の退職金の額は同業界の標準的な金額となる。)。

(ⅱ) 女子従業員が結婚又は出産によって退職する場合の被告ら会社の退職金の額は電機業界のなかでは高い方であった。

(3) 年間労働時間

被告ら会社では、昭和四八年一月から年間労働時間を二〇〇〇時間とした。電機業界の他社が年間労働時間を二〇〇〇時間以下にしたのは更に後のことであった。

(4) 休暇日数等

(ⅰ) 被告ら会社は、前記(二)記載のとおり褒賞の保有日数の制限に対する見返りという趣旨で、年次有給休暇の日数を昭和四九年五月一四日から一日(ただし、入社二年目については七日)増加させた。この増加の後でも被告ら会社の年次有給休暇の日数は電機業界の他社に比べて三日から四日ほど少なかった。しかし、被告ら会社の従業員は、本件規則変更後においても、一九日に直前の三月一六日から休暇使用時までに発生した褒賞の日数を加えた日数を最高限度として、褒賞を休暇として使用することができるのであり、このことをも考え併せれば、被告ら会社の有給休暇の日数が同業界の他社よりも少なかったということはできない。

(ⅱ) 被告ら会社の産前産後休暇の日数及び同休暇の期間中の賃金保障の額は、ほぼ電機業界の標準的な日数及び金額であった。

(ⅲ) 被告ら会社においては、生理休暇の日数は従業員が必要とする日数とされていたが、同休暇中の賃金保障の額は六〇パーセントであった。この賃金保障の額は電機業界の他社よりやや低かった。

(ⅳ) 被告ら会社には妊娠障害休暇はなかった。しかし、電機業界の中でも同休暇のある会社は少なかったし、同休暇のある会社でも無給のところが多かった。

(ⅴ) 被告ら会社には、妊娠時における定期検診のための休暇はなかった。しかし、電機業界の中でも同休暇のある会社は少なかった。

(ⅵ) 被告ら会社では、その他本人が結婚するとき、親族の喪に服するとき、徹夜の直後には、特別休暇が与えられた。

(5) 休職日数等

(ⅰ) 被告ら会社における結核性疾病による休職期間は、勤続一年未満のものが二四か月、その後勤続年数が一年増すごとに一か月ずつ加算されるという制度であった。この休職期間の長さは、電機業界の最高水準であった。

(ⅱ) 被告ら会社における結核性以外の疾病による休職期間は、勤続一年未満のものが六か月、その後勤続年数が一年増すごとに一か月ずつ加算されるという制度であった。この休職期間の長さは、電機業界のほぼ標準的な休職期間の長さであった。

(ⅲ) 被告ら会社は、休職中の従業員に対して、一時金については、固定分のみを支給していた。毎月の賃金については支給していなかった。しかし、健康保険組合が、当該従業員に対し、毎月の賃金の約八五パーセントを支給していた。

(6) 住宅

被告ら会社は、社歴が浅いこともあって、電機業界の他社に比べて社宅は少ない。そこで被告ら会社では、住宅貸付金制度、住宅財形制度等により従業員の住宅取得を促進する政策をとってきた。

住宅貸付金制度は、会社が従業員に対し住宅資金を低利で融資する制度である。これと同様の制度は電機業界の他社にもあるが、被告ら会社の貸付限度額はその中でも高い水準にあった。

住宅財形制度は、従業員が銀行との間で積立貯蓄の契約を結んで毎月の賃金から住宅資金を積み立て、一方、会社は、従業員の積立額に応じ積立奨励金を支給するという制度である。

以上のような政策の結果、被告ら会社の従業員の自宅保有率は、昭和四九年から昭和五三年までの間に、独身者については、五・一パーセントから一〇・七パーセントへ、既婚者については、四六・七パーセントから六三・四パーセントへそれぞれ上昇した。

また、被告ら会社は、従業員に対し、住宅手当を支給していた。電機業界の他社のなかには、住宅手当のない会社があったし、住宅手当がある会社でも被告ら会社より少額のところが多かった。

(7) 福利厚生費

被告ら会社は、厚生年金保険料、健康保険料等の法定福利厚生費及び給食補助、通勤費、クラブ活動費、レクリエーション補助、医療関係費、社宅や独身寮の費用等の法定外福利厚生費を支出していた。この法定外福利厚生費の従業員一人あたりの額は電機業界のなかでも高い水準にあった。

(8) 時間外労働の実態

(ⅰ) 被告ら会社においては、従業員が正規の就業時間終了後引き続いて時間外労働を開始した時には、一時間単位で超過勤務手当が支給された。また、その後は三〇分単位で超過勤務手当が支給された。

(ⅱ) 被告ら会社における従業員一人平均の時間外労働の時間数は、昭和四六年が一七時間、昭和四七年が一六時間、昭和四八年が一四時間、昭和四九年が一〇時間であった。男子従業員のみについてみると従業員一人平均の時間外労働の時間数はもっと多かった。また、設計開発部門等では、被告ら会社と従業員代表との協定で定められていた限度時間(昭和四九年当時は一か月五〇時間)を超える時間外労働を行う従業員もいた。これらの者の中には、一定時間(昭和四九年当時は二か月で一〇〇時間)を超える時間外労働を行った従業員についてその後の一定期間(昭和四九年当時は七日間)時間外労働を行わせない旨の被告ら会社と従業員代表との協定により時間外労働を行うことができなくなることを避けるために、一部の時間外労働を被告ら会社に対して申告しない者もいた。

(ⅲ) 被告ら会社においては、時間外に、業務に関係する勉強会や技術交換会などが開かれることがあった。これらのうち、自主参加のものについては、被告ら会社は従業員に対して超過勤務手当を支払わなかった。

(ⅳ) 被告ら会社は、従業員に自主的に予定をたてさせていた。従業員は、自分のたてた予定どおり仕事を完成させるために時間外労働を行うことがあった。

(ⅴ) 被告ら会社は、仕事が多忙なときなどには、従業員に対して、時間外労働を行うよう説得することがあった。また、各従業員の時間外労働の時間数をあらわすグラフを貼り出したこともあった。

(ⅵ) 被告ら会社においては、労働基準法が定めている一日二時間、一週間六時間という女子労働者についての時間外労働の制限は、ほぼ守られていた。しかし、時には守られないこともあった。

(9) 労働時間の管理の実態

(ⅰ) 被告ら会社では、職場によっては、始業時間より前にハンダごてを暖める等の準備作業を行い、始業時間には実質的な作業を開始するところがあった(なお、被告ら会社においては、一日の所定労働時間は八時間、休憩時間は一時間であった。)。

(ⅱ) 被告ら会社は、作業の標準時間(「ソニースタンダードタイム」あるいは「カラーテレビスタンダードタイム」と呼ばれていた。)を定め、従業員に対してこれに従って作業を行うよう求めていた。

(10) 休憩の実態

(ⅰ) 被告ら会社では、従業員は、自分の行っている仕事が遅れてくると遅れをとり戻すために休憩時間中も作業を行うことがあった。

(ⅱ) 被告ら会社では、一時期、休憩時間中に従業員に交代で電話当番をさせたり、昼食会を行ったりしたことがあったが、従業員からの申入れにより中止した。

(ⅲ) 被告ら会社では、会議が延びて休憩時間にかかることがあった。

(11) 休暇の実態

(ⅰ) 被告ら会社は、九六パーセント程度の出勤率を目標としており、個人別の出勤率表を貼り出すなど出勤率向上のための方策をとっていた。この場合、被告ら会社は、従業員が年次有給休暇を行使したときにも欠勤と扱ったことがあった。

(ⅱ) 被告ら会社は、従業員が長期間の休暇をとる場合などには、休暇の時期を短くしてほしいなどの申入れを行うことがあった。

(12) 職業病の実態

被告ソニーにおいて、労働基準監督署から、同社の業務に基づき頸肩腕障害にかかったと認定された従業員は、昭和四六年から昭和四九年までの間に、約三五名いた。これらの者の多くはベルトコンベアによる流れ作業に従事していた者であった。

(四)  そこで前記一認定の事実並びに右(二)及び(三)認定の事実に基づき、本件規則変更に合理性があるかについて、まず前記(一)で説示したところに従い、本件規則変更前に従業員が享受していた利益の性質、本件規則変更により従業員が被る不利益の程度、本件規則変更の経済的な必要性、本件規則変更前の制度それ自体の合理性、本件規則変更に伴う見返り措置の有無及びその程度、本件規則変更に至るまでの被告ら会社と労働組合との交渉の経緯、本件規則変更に対する従業員の態度、被告ら会社の本件規則変更当時の全般的な労働条件等の事項毎に個別に検討を加える。

(1) 本件規則変更前に従業員が享受していた利益の性質

(ⅰ) 前記一の2記載のとおり、被告ら会社と従業員との間において、従業員が褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を有する旨の明示又は黙示の契約は存しなかったし、また就業規則(賃金規則あるいは給与規則)や労働協約にも、従業員が右の地位を有する旨の規定は存しなかった(《証拠省略》を総合すると、昭和四八年一一月二〇日付の被告ソニーとソニー新労働組合との間の労働協約及び賃金規則(給与規則)には、褒賞は五五才到達時において精算し、以後の褒賞は発生しないものとする旨の規定が存することが認められる。しかし、この規定は五五才以降の労働条件について定めたものにすぎず、褒賞を上限なく保有しうるかどうかとは無関係であると解される。)ものであって、従業員は、既述のような性質の労働慣行上、右の地位を有していたものである。換言すれば、従業員の有する右地位は、被告ら会社において、就業規則等に褒賞の保有日数を制限する旨の明文の規定を設けず、また実際に、褒賞の保有日数を制限したこともなく、使用者が一定の取扱いを事実上継続してきたことから既述のような性質の労働慣行上生じたものであり、したがって被告ら会社の従業員が本件規則変更前に享受していた利益も右のような性質の労働慣行上の地位から生じたものにすぎないのであり、将来合理的理由がある場合に就業規則により右取扱いを変更されないことまでの保障を受けていたものと解することはできない。

(ⅱ) 次に、褒賞制度そのものの性格についてみるに、前記一の2の(一)の(1)記載の褒賞制度の沿革、ことに被告ら会社は褒賞の精算の要件を一方的に変更してきたこと、褒賞は精勤を要件として発生すること(この事実は当事者間に争いがない。)、前記(三)記載のとおり被告ら会社には年次有給休暇等の諸制度は整っており、褒賞制度は、そのうえ被告ら会社特有の制度として存在するものであること及び「褒賞」という制度自体の名称からすれば、褒賞制度は、従業員が精勤したことに対し被告ら会社がこれを褒賞するという褒賞的性格を強く有しているということができる。しかも被告ら会社の従業員が本件規則変更前に有していた、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位は、褒賞の保有方法及び行使態様の選択に関するものであり、褒賞の発生要件や発生日数といった褒賞制度の根幹に関するものではない。これらのことからすれば、被告ら会社の従業員が本件規則変更前に享受していた利益は、基本的な労働条件に関するものであるということはできない。

(2) 本件規則変更により従業員が被る不利益の程度

(ⅰ) 昇給により保有している褒賞の精算時における金額が増える利益の喪失

① 《証拠省略》を総合すると、(イ)被告ら会社は、褒賞を褒賞金として精算する際の褒賞金の額を精算時の賃金の額に基づいて計算していた、(ロ)その結果、従業員は、昇給があれば保有している褒賞の精算時の金額が増えるという利益を享受していたと認められる。

ところで、褒賞を上限なく保有しうるのであれば、従業員は、褒賞を休暇として使用し又は賃金として精算しない限り、右の昇給による利益を保有するすべての褒賞につき昇給ごとに受けることができる。しかし、賃金規則(給与規則)の改定により、一九日を超える褒賞について毎年三月一五日限り精算されることになると、従業員は、一九日を超える褒賞については、三月一六日以降昇給時前に取得したものにつき、一回だけ右の昇給による利益を得られるにすぎず、昇給時後に取得したものは、右の昇給による利益を得られないこととなり、被告ら会社の従業員は、本件規則変更により、昇給があった場合に、保有している褒賞の精算時における金額が増える利益を制限なく受けることができなくなるという不利益を被る。

② 《証拠省略》によれば、被告ら会社においては、昭和四〇年から昭和四九年まで毎年昇給が行われ、その間の昇給率の平均値は約二〇パーセントであったと認められる。これに対し、《証拠省略》によれば、昭和五〇年以降の被告ら会社の昇給率は、昭和五〇年が一三・八パーセント、昭和五一年が一二・五パーセント、昭和五二年が一一・二パーセント、昭和五三年が七・二五パーセント、昭和五四年が七・五パーセント、昭和五五年が八・二パーセントであったと認められる。このように、昇給率はその年の会社の経営状況により相当の差があり、毎年、最低限この程度は昇給するという割合を的確に想定することはかなり困難であり、したがって、褒賞に関する前記昇給により褒賞金の額が増加する利益の的確な予測もまた困難ではあるが、右の過去における実績に照らしても、経済的に右の利益がこれを無視することができないものになることは否定することができない(その反面、被告ら会社としてもその経済的負担増について重大な利害関係をもつに至ることも否定することができない。)ところである。しかしながら、そもそも被告ら会社の従業員には、労働契約上、昇給の権利があるものとは認められない(《証拠省略》を総合すると被告ら会社の就業規則には、従業員の定時昇給は、原則として年一回会社がこれを行う旨の規定があることが認められるが、この規定の存在のみで被告ら会社の従業員に昇給の権利があるということはできないし、他に被告ら会社の従業員に昇給の権利があると認めるに足りる証拠はない。)から、被告ら会社の従業員の右昇給による褒賞金の額が増加するという利益は法律上保障された確定的権利であるとはいえないし、また、右の利益は本来将来の予測困難な要素にかかる一種の期待的利益という性質のものであるから、これを失わせることによる不利益も、既に発生した権利、利益を失わせることによる不利益とはおのずから異なるものと考えられ、その性質上、本件規則変更を妨げるほどの重大なものということはできない。

(ⅱ) 褒賞休暇を上限なく保有しうる利益の喪失

褒賞を上限なく保有しうるのであれば、従業員は、取得した褒賞を褒賞休暇としてすべて使用することもできる。しかし、一九日を超える褒賞について毎年三月一五日限り精算されることになると、従業員が褒賞休暇として使用することができる日数の上限は、一九日に前年の三月一六日から休暇使用時までに発生した褒賞の日数を加えたものに制限されることとなり、被告ら会社の従業員は、褒賞を褒賞休暇としてすべて使用することができなくなることもあるという不利益を被る。しかし、被告ら会社の従業員は、本件規則変更後においても、一九日に、前年の三月一六日から休暇使用時までに発生した褒賞の日数を加えた日数の褒賞休暇を使用することはできるし、また、年次有給休暇(《証拠省略》を総合すると、被告ら会社においては、年次有給休暇は、一年目には六日、以後、勤続年数が一年増えるごとに一日ずつ多く発生する、ただし、二〇日を限度とする、という制度であったと認められる。)を使用することもできる。更に、産前産後、生理等の場合には、同業他社に比べて少ないとはいえない産前産後休暇、生理休暇等を使用することもできる。これらのことからすれば、被告ら会社の従業員は本件規則変更後もかなりの日数の休暇を有していることができるから、右の不利益による影響はそれほど重大なものとはいえない。

(ⅲ) 取得した褒賞を休暇として使用するか褒賞金として精算するかについての選択の利益の喪失

一九日を超える褒賞について毎年三月一五日限り精算されることになると、被告ら会社の従業員は、一九日を超える褒賞については、休暇として使用するか褒賞金として精算するかを選択する時期を右期日までに制限されることになる。しかし、選択の自由がある場合でも、究極的には、休暇として使用する利益と褒賞金として精算する利益とを比較考量していずれかを選択することになるのであり、選択の自由を時期的に制限されることによる不利益は、結局、右(ⅰ)、(ⅱ)の不利益のいずれかに帰着することになるのであって、右制限により、右(ⅰ)、(ⅱ)の不利益とは異なる独自の不利益が生ずるものと認めることはできない。

(ⅳ) 以上によれば、従業員が、本件規則変更の結果、被る不利益は、無視することができないものであるにしても、本件規則変更を妨げるほど重大なものとはいえないというべきである。

(3) 本件規則変更の経済的な必要性

(ⅰ) 前記(二)の(2)の(ⅰ)ないし(ⅹ)の事実からすれば、① 被告ら会社は、昭和四八年一〇月の石油危機をきっかけに業績が悪化した、② 被告ソニーは、昭和四九年二月に、同社の昭和四九年四月期、同年一〇月期及び昭和五一年一〇月期の業績予測を行い、その結果、昭和四八年一〇月期と比べて業績が悪化し、売上高経常利益率が低下すると予測された、③ 被告ソニーマグネプロダクツにおいても売上高経常利益率が低下すると予測された、④ 売上高経常率の低下は被告ら会社の経営に悪影響を及ぼすので、被告ら会社ではあらゆる部門で売上高経常利益率を改善するための措置をとった、⑤ 一方、褒賞債務の残高は、将来多額になり、被告ら会社の売上高経常利益率に影響を与えると考えられた、⑥ そこで、被告ら会社では右の措置の一環として、褒賞の保有日数を制限することにより褒賞債務残高の増加を抑制することにした、と認められる。

(ⅱ) 原告らは、昭和四八年度は産業界が巨利を得た時期であり、被告ら会社も巨利を博したのであるから、昭和四八年一〇月期と比較して業績が悪化するからといって本件規則変更の必要性はない旨主張する。しかし、《証拠省略》によれば、被告ソニーの昭和四六年四月期の売上高経常利益率は約一一・五五パーセントであったと認められる。一方、前記(二)の(2)の(ⅲ)ないし(ⅴ)記載のとおり、被告ソニーの売上高経常利益率は、昭和四九年四月期には約一二・一パーセント、同年一〇月期には約八・一パーセント、昭和五一年一〇月期には約七・八パーセントにそれぞれなると予測されていたことが認められる。これらのことからすれば、被告ソニーの売上高経常利益率は、昭和四九年四月期はともかく、同年一〇月期及び昭和五一年一〇月期には、昭和四六年四月期に比べて大巾に低下すると予測されていたということができる。したがって被告ら会社の業績は昭和四八年一〇月期以外の時期と比べても大巾に悪化すると予測されていたということができ、原告の右主張は失当である。

(ⅲ) 原告らは、被告ソニーが行った、昭和四九年一〇月期及び昭和五一年一〇月期の売上高経常利益率についての予測は、現実の売上高経常利益率に照らすと、誤っていたということができる旨主張する。たしかに、《証拠省略》によれば、被告ソニーの現実の売上高経常利益率は、昭和四九年一〇月期には、約九・七二パーセント、昭和五一年中間決算には、約一一・七四パーセントであったことが認められるから、被告ソニーの現実の売上高経常利益率は、被告ソニーの行った予測(昭和四九年一〇月期には約八・一パーセント、昭和五一年一〇月期には約七・八パーセント)よりも高かったということができる。しかし、《証拠省略》によれば、被告ソニーの現実の売上高経常利益率は昭和五〇年中間決算には約八・二一パーセント、同年年度決算には約七・九三パーセントであったと認められること、前記(二)の(2)の(ⅲ)ないし(ⅴ)記載の予測の方法に不合理な点は認められないこと及び前記(二)の(2)の(ⅷ)記載のとおり、被告ソニーにおいては、あらゆる部門で売上高経常利益率を改善するための措置をとったと認められ、この効果が現われてきたために売上高経常利益率が高くなったとも考えられることからすれば、被告ソニーの予測の数字と結果との間に差が生じたとしても右の予測が全く誤っていたということはできず、原告らの右主張は失当である。

(ⅳ) 原告らは、褒賞の現実の負担はそれほど大きくない旨主張する。そこで、褒賞債務残高の増加が被告ソニーの売上高経常利益率に対して与える影響について判断する。

前記(二)の(2)の(ⅸ)記載のとおり、昭和五〇年以降の毎年の昇給率を一〇パーセントと仮定した場合(この昇給率の予想はかなり困難であるが、前記(2)の(ⅰ)記載の事実からすれば、この仮定は一応合理的なものであるということができる。)には、被告ソニーの褒賞債務残高は別表(五)記載のとおり増加すると予測することができると認められる。《証拠省略》を総合すると、この褒賞債務残高の毎年の増加額の人件費に対する割合は別表(六)記載のとおりと予測することができると認められる。《証拠省略》によれば、昭和四七年度及び昭和四八年度の被告ソニーにおける人件費の売上高に対する割合は約一〇パーセントであったと認められるから、昭和四九年度以降も右割合は約一〇パーセントであると推認することができる。以上を総合すると、褒賞債務残高の毎年の増加がなければ、被告ソニーの毎年の売上高経常利益率は別表(六)記載の割合、すなわち〇・二ないし〇・三パーセントだけ高くなるということができる。このことからすれば、褒賞債務残高の増加が売上高経常率に対して与える影響は無視することはできない。

(ⅴ) 以上を総合すると、本件規則変更は、必ずしもその経済的な必要性がないということはできない。

(4) 本件規則変更前の制度それ自体の合理性

褒賞制度は、既に認定したとおり従業員が一定期間(三か月間あるいは一年間)精勤したことに対し被告ら会社がこれを褒賞するという性格の制度である。したがって、褒賞を褒賞金としてみた場合、その価格は、本来、従業員の精勤時期に近い時点の賃金の額に基づいて計算されるべきであり、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを精勤時期とはかけはなれた時点の賃金の額に基づいて精算することができるという本件規則変更前の制度は、それ自体あまり合理的ではないと考えられる。また、褒賞を褒賞休暇としてみた場合、労働者に休息する機会を与えるとともに労働力の維持培養を図るという休暇の性質からすれば、この褒賞休暇は、本来、発生時期に近い時点において使用されるべきものであり、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを発生時期とはかけはなれた時点において使用することができるという本件規則変更前の制度は、それ自体あまり合理的ではないと考えられる。更に、労働基準法上、賃金その他の請求権につき二年間の消滅時効の制度が定められている(一一五条)ことに照らしても、本件規則変更前の右制度はあまり合理的ではないということができる。

なお、原告らは、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを精勤時期とはかけはなれた時点の賃金の額に基づいて精算することができるという本件規則変更前の制度は、退職金と同一の構造を有しているところ、退職金は格別不合理だとは考えられていないのであるから、本件規則変更前の右制度も不合理であるということはできない旨主張する。しかし、退職金は、退職時に、在職時の功績に対する報償、退職後の生活保障あるいは在職中の賃金の後払という趣旨で支払われるものであり、これと右のような性格を有する褒賞制度とを同一に論じることはできないから、原告らの右主張は失当である。

(5) 本件規則変更に伴う見返り措置の有無及びその程度

前記(二)の(2)の(ⅹⅰ)ないし(ⅹⅹⅰ)記載のとおり、被告ら会社は、褒賞の保有日数を制限する見返りとして(ⅰ) 電機業界の他社の賃金引上げ率を二・五パーセントから三パーセント上回る同業界最高の賃金引上げを行う、(ⅱ) 交替勤務手当を増額する、(ⅲ) 年次有給休暇の日数を一日(入社二年目は七日)増加する、との措置をとったと認められる。これらの措置により、被告ら会社の従業員が本件規則変更の結果被ると予測される不利益が完全に回復されると断ずることはできないものの、右の不利益は相当程度回復されるということができる。

(6) 本件規則変更に至るまでの被告ら会社と労働組合との交渉の経緯

前記(二)の(2)の(ⅹⅰ)ないし(ⅹⅹ)記載のとおり、被告ら会社は、褒賞の保有日数の制限に関し、労働組合と交渉を重ね、その結果、五労組とは、合意に達し、褒賞の保有日数を年間発生日数(一九日)に制限する旨の議事確認書を取り交わしたと認められる。(なお、被告らは、ソニー労組とも事実上合意に達した旨主張するが、これに沿う《証拠省略》は、前記(二)の(2)の(ⅹⅶ)ないし(ⅹⅹ)及び(ⅹⅹⅱ)記載の事実に照らすと信用することができず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はないから、採用できない。)

(7) 本件規則変更に対する従業員の態度

前記(二)の(2)の(ⅹⅰ)ないし(ⅹⅵ)、(ⅹⅹⅲ)及び(ⅹⅹⅳ)記載のとおり、(ⅰ) 被告ら会社は、五労組との間で、褒賞の保有日数を制限することにつき合意した、(ⅱ) 昭和四九年五月以降、褒賞の精算を申し出る従業員が急増した、(ⅲ) 被告ソニーの本社圏及び被告ソニーマグネプロダクツにおいては、本件規則変更に際して、従業員に対し、本件規則変更に賛成か反対かの署名を求めたところ、全従業員の半数を超える賛成署名が集まった、と認められる。これらの事実からすれば、被告ら会社の従業員の多くは、本件規則変更をやむをえないものとして了承していたということができる。

(8) 被告ら会社の本件規則変更当時の全般的な労働条件

前記(三)記載の事実からすれば、被告ら会社の本件規則変更当時の労働条件について、次のようにいうことができる。

(ⅰ) 前記(三)の(1)ないし(7)で認定した賃金ないし福利厚生費については、社宅の戸数等一部に電機業界の他社より劣る点があったものの、一時金の額、年間労働時間数等主要な労働条件に関し同業界の他社よりも高い水準にある点が多く、全体としては同業界の他社の水準を上回っていたということができる。

(ⅱ) 労働の実態については、前記(三)の(8)ないし(12)記載の事実が認められる。たしかにこのなかには労働基準法の規定に抵触する疑いのある事実も一部には存する。しかし、全体としてみれば、被告ら会社の労働の実態が特に劣悪であったとか過酷であったということはできない。

(ⅲ) 以上を総合すると、被告ら会社の本件規則変更当時の労働条件は電機業界の他社に比べて良好であったということができる。

(五)  以上の(1)ないし(8)の諸事情、すなわち、被告ら会社の従業員が本件規則変更前に享受していた利益は、使用者が一定の取扱いを事実上継続してきたことにより慣行上認められた地位から生じたものにすぎないこと、また右利益は基本的な労働条件に関するものであるということはできないこと、本件規則変更により従業員が被る不利益は必ずしも重大なものとはいえないこと、本件規則変更は、必ずしもその経済的な必要性がないということはできないこと、従業員は褒賞をいつまでも保有し、これを発生(精勤)時期とはかけはなれた時点の賃金の額に基づいて精算したり、発生(精勤)時期とはかけはなれた時点で褒賞休暇として使用することができるという本件規則変更前の制度は、あまり合理的ではないこと、本件規則変更には見返り措置があり、従業員は本件規則変更により被る不利益をこの見返り措置により相当程度補うことができること、被告ら会社は、褒賞の保有日数の制限に関し、労働組合と交渉を重ね、その結果、五労組とはその旨の合意に達したこと、従業員の多くは本件規則変更を了承していること及び被告ら会社の本件規則変更当時の労働条件は電機業界の他社と比べて良好であったことを総合すると、本件規則変更にはこのような変更もやむをえないと是認しうる合理性があるということができる(なお、原告らは、本件規則変更の合理性は、選定者らが昭和四九年一一月一〇日等の当時保有していた褒賞を上限なく保有しうる地位を失わせる場合と昭和四九年一一月一〇日等の後に発生する褒賞を上限なく保有する地位を失わせる場合とでは異なると考えられるから両者を区別して考える必要がある旨主張するが、右の諸事情からすれば、後者の場合のみならず前者の場合についても本件規則変更には、このような変更もやむをえないと是認しうる合理性があるということができる。)。

(六)  したがって、本件規則変更の効力は選定者らに及ぶ。

2  よって、選定者らは、褒賞を上限なく保有し、これを休暇として使用し又は褒賞金として精算しうる地位を本件規則変更により失ったということができる。

三  抗弁に対する反論(六)について

原告らは、抗弁に対する反論(六)において、選定者らが昭和四九年一一月一〇日等の当時保有していた褒賞を上限なく保有しうる地位は、選定者らにすでに発生している権利であり、本件規則変更によって失わせることはできない旨主張する。

1  本件規則変更は、従前、従業員が、上限なく褒賞を保有し、これを任意の時期に休暇として使用し又は褒賞金として精算することができたのに対し、一九日を超える褒賞について毎年三月一五日までに休暇として使用し又は褒賞金として精算しないときは、同日に褒賞金として精算することとしたもの、すなわち、一定の日数を超える褒賞につきその行使の時期に制限を加えて一定の期日までに行使させることとし、その結果、褒賞の保有日数を一定日数に限定するものと解されるのであって、個人についてすでに発生した権利とみられる褒賞そのものを代償なしに奪うものではなく、単に行使の時期に制限を加えたものにすぎないのである。もっとも、本件規則の変更により、従業員は、褒賞を上限なく保有し、任意の時期に行使することができなくなるのであるが、上限なく褒賞を保有しこれを任意の時期に行使することができる地位は、被告ら会社において就業規則等に褒賞の保有日数又はその行使の時期を制限する旨の規定を設けず、また実際に、褒賞の保有日数又は行使の時期を制限したこともなかったという取扱いを事実上継続してきたことにより就業規則を補足するものとしての労働慣行上生じたものにすぎないことは既述のとおりであり、就業規則の変更によって奪うことのできない個人について発生した権利ということはできないものと解されるから、原告の主張は採用することができない。

2  よって、原告らの右主張は、失当である。

四  結論

以上の次第で、本訴請求はいずれも失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉野孝義 森義之 裁判長裁判官越山安久は差支えにつき署名押印することができない。裁判官 吉野孝義)

<以下省略>

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